蒼天のかけら 第十二章 譎詐の森
亜麻色の竜巻
(だー、疲れた!)
もうね、すごいよね皆して。
あの面子に組み込まれたこっちの身にもなって欲しい。オレはただの医者だって何度も言ってるのにさ。
覇気みなぎる燠火と、一癖どころか二癖ありそうな蠱惑に挟まれたんじゃたまらないよ。
でも、ローグはけろっとしてる。まるっきり普段どおりだ。
やっぱあいつの胆力はおかしい。
自信なかったからジェダスにでも席を譲ろうとしたのに、大隊長に断固として拒否されたんだよな。正鵠だからとか言ってたけど、正鵠どころか真導士の自覚すら薄い。……一体、あの人はオレに何を期待してたんだか。
今日の会合では色々な議題があったけど、とにかく明日を全員無事で過ごすことって話だった。
それにしてもしつこい。
一つ解決したら、次の課題が降って湧いてくる。
「くどい、くどい」と思っていたけど、ここまでひどいなんて。首謀者の性格は根治不可能。きっと死んでも治らない。
まあ、いいや。
昼飯を食って、さっさとディアちゃんの診察に行こう。
ああ、その前に倉庫に行かなくちゃね。明日の携行食の準備をしないと。
さすがのお嬢様でも明日はお茶が欲しいとか言わないと思うし、水で――。……言うかな、言いそうだな。念のため茶葉ももらっておこうか。
携行食は、水分と糖分と塩分。
乾物は最適だとフォルが言っていた。狩りをするって話は本当だったみたいで、移動時に最適な食べ物を教えてくれた。
他の連中もいまごろは倉庫に走ってるだろうね。
家にこもっていればいいんだから楽勝、楽勝。であって欲しいと思うんだけど。喉の辺りにいやあな感じが残ってる。
蜘蛛の巣もどっかに張りついてるような気がする。
でも、いまのところ道は視えてない。
気力もあっちこっちと動いているし、お嬢様にお説教でもしてもらうかな。
すっごく効果があるけど、すっごく痛いから気力が凹む。まあ、散らばっているよりはましだろう。
よし、お願いするぞと覚悟を決めて扉を開けた。
ちりちりと鈴が鳴る。
合わせて「ただいま」と言おうとしたのに出せなかった。
「……レニー?」
居間では麗しき相棒が、ごうごうと気配を放ちながら支度をしていた。
「どうしたのさ、この荷物」
広げられているのは旅用の大鞄。先日、帰省した時に持って行ったやつだ。
恐る恐るの質問は、気配に巻かれながらもどうにか届いたらしい。柳眉をきりりと吊り上げて、こっちを睨んできた。
「見てわからない? 帰省よ」
「は?」
「間抜け面をさらさないでちょうだい。余計いらいらするでしょ!」
お嬢様の怒りはすでに沸点に達していたらしい。
何という恐ろしいところに帰ってきてしまったんだろう。女神よ、どうかオレをお守りください。
「ほんっとうに最低な親だわ! 令師となれたのが奇跡よ。自分の古巣をこうもあっさりと見捨てるなんて!!」
お嬢様の怒りは止まらない。
噴出している怒りから、この惨状の原因について察知した。
彼女はまた帰省させられる。
運命の冬を迎えるサガノトスから一人娘を救出するべく、両親が手を回してきたんだろう。
こりゃ、大変だ。
とんでもないことが起こっても、レニーがいれば大丈夫と高を括ってた。頼れる相棒においていかれるなんて考えてもいなかった。
「ちょ、ちょっと困るよレニー」
「わたしは怒ってるわよ! 文句でもあるの!?」
「ありませんっ、ごめんなさい!」
爆風に負けてとっさに謝罪した。
強いものにはへし折れろと本能が言っている。
「許さないわ。許してたまるものですかっ。娘の力を侮って、真綿で包もうとしてるのでしょうけどそうはさせない!」
本能に従い、直立となっている間にも激昂は続く。
「いまにみてなさい! いずれわたしが里を牛耳ってみせるわ。そうしたらお父様もお母様も資格剥奪よ!! 地べたを這いずって、せいぜい自分の行いを省みるといいんだわ!」
怨念こもった落雷も留まることを知らない。両親から見くびられた憤りが、激しい嵐を呼んでいる。
稲光を見て首をすくめ、雷鳴を聞いて冷や汗をかくことしばらく。
ぐつぐつとたぎった怒りが、突然こちらを向いた。
「一晩よ!」
白魚のような手が動き、オレを指した。
ぴんと伸ばされた人差し指は、一直線に心臓を貫いている。「死刑」と言われた心地になる。
「一晩で帰ってくるわ。いいわね!!」
宣言なのに宣告風なのは、レニーがレニーである証明。
わざわざ示さなくても骨身に沁みてるよと心で嘆く。……嘆くだけでやめておく。
「こんなことのために葬式出すわけにいかないから、どうせ遠戚の結婚式でも設けたのよ! その後は、お見合いの席も用意しているでしょうね! お父様はそういう俗物ですもの!!」
稲光が見えているのに頬だけは薔薇色に上気していた。そのちぐはぐさが、よりいっそう恐怖に拍車をかける。
「ヤクス!!」
「はいぃっ!?」
相棒からの渾身の呼びかけを、全力で受け止めた。
半端な返事をしたら大変だ。何度でも何度でも、血反吐が出るまでやり直しをさせられる。
「絶対に死ぬんじゃないわよ。たかだか遺跡の"魔獣"くらいに殺されたら、華魂樹まで成敗しに行くわ!」
そんな無茶な!
という言葉をごっくんと飲み込んで「はい!!」と返事をした。
レニーならやりかねない。いいや、絶対にやる。
「例えうっかりでも死んだら一緒。きちんと生き残っていなさいよ! わかったわね!?」
最後に強烈な呪詛を残し、お嬢様は旅立った。
勢いよく閉められた扉で鈴が悲鳴を上げている。
こんなに真面目に生きているのに、今日も女神の加護は得られなかったようだ。
場をなぎ倒していった亜麻色の竜巻に「お早いお戻りを」とだけ伝え、床にへなへなと座り込むはめになってしまった。