蒼天のかけら  第十二章  譎詐の森


冬、来たる


 中央棟、大階段前。いまこの場を埋めているのは赤の精鋭部隊。
 変事発生の報を受けて、見回り部隊の全隊員が召集された。
 大階段の上段に、大隊長と副隊長の姿がある。

「――総員、注目!」

 副隊長の号令により、全隊員の視線が最上段の大隊長ティートーンへと集まる。

「諸君、我らのサガノトスに冬が到来した」

 居並んだ隊員達の目が光る。
 冬の意味は、すべての隊員が知っているのだろう。
「もしいまこの場に、悔いを抱いている者がいればその感情を捨てよ。気持ちはわかる。気分は最悪だろう。大事な小麦袋が鼠に食い荒らされたとあっては、落胆するのも無理はない」
 大隊長の声は白楼岩の壁で跳ね返り、隊列の隅々まで行き渡っていた。
「だが、勘違いするな。諸君らが日々行ってきた任務が灰燼に帰したのではない。諸君らが鼠共をあぶり出したのだ。その証拠が欲しければ日めくりを眺め、日時計の位置を確かめよ。……どうだ、鼠共はあと半日を我慢できず、巣から顔を出してきやがった」
 それが成果であり、諸君らがつかんだ好機である。
 この言葉を聞いた第一部隊から、笑みのようなものが出た。「よく言うぜ」との気配は血気盛んな色をまとい、隊列へ広がっていく。
「時がきた。奴等の小汚いケツについているミミズを引きちぎり、天に掲げろ!」
 大隊長から真力が放出された。
 潤沢な真力は、戦う喜びと興奮とを帯びて他の気配を圧倒する。
「我ら見回り部隊。里の盾にして最強の牙! 張り巡らされた奴等の巣から一匹残らず引きずり出し、鼠共を殲滅せよ――!!」
 咆哮が上がった。
 壁という壁で跳ね返り弾け合う鬨の声は、精鋭の名に恥じぬ勇ましさだ。

「最重要特別任務、○○三号。現刻より発令する。――散開!」

 副隊長殿の号令により、各部隊が転送で飛んでいく。
 残されたのは第一部隊の隊員と自分達だけ。
「グレッグ。はじめてくれ」
「はい」
 報告を受けた正師達が各家を確認したところ、最悪な状況が明るみに出た。
 どの家からも娘達の姿が失われていたのだ。聖都に下りたのは帰省の申請があったレアノアだけ。彼女以外の娘達は、全員が行方不明。
「慧師より、残る雛を中央棟に集めるよう指示が出ました。現在、正師が対応中です」
 幻視での入れ替わりを見抜けるのは、元来の真力を知っている正師のみ。
 残された男達の所在確認と伝達は、親鳥自らが行うより他はない。"四の鐘"が鳴るまでに伝達を済ませ、鐘が鳴ったら真術での移送を開始する。その間、第一部隊が中央棟を再調査し、雛の受け入れ準備をする段取りとなっている。
「よし。……お前達は親鳥が戻り次第、第一部隊と共に動く。ローグレスト、お前はオレとグレッグに張りつけ。いいな」
「はい」
「正師達が戻るまで第一部隊はここから動けん。いまのうちに支度を整えてこい。家に長居はするなよ。特にお嬢ちゃん達の部屋には入るな。まだ仕掛けが残ってるはずだ」
 正師が不在の間、中央棟をがら空きにするわけにいかない。何故なら地下牢には一派の女が捕らえられている。
 この期に狙ってくることも十分に考えられる。

 中央棟から出てすぐに示し合わせを行う。
「荷物の準備はしてあるな」
「ええ、もちろんです」
 準備は前倒しではじめていた。いつでも行けるとの返答に頷き、旋風を呼んだ。
「夜通しの捜索になるだろう。最悪の場合、そのまま決戦だ。備えは十分に――いいな!」
 了との返答を耳に入れ、風を操り空に出る。
 上空から見下ろした景色に、長い羽の人影が見えた。そして家の中にも人影がある。
 やはり男は無事のようだ。

 ――遺跡で女を捧げれば、王族をも凌ぐ力を得られる。

 呪いの言葉が彼女達に降りかかってしまった。
 合同実習の最中、導士の家には調査が入っていた。鏡の仕掛けもその時に判明したのだ。根こそぎの調査に見落としがあったとは考えづらい。それでもサキ達は姿を消した。
 隠された罠があるのは明らかだ。やはり蜘蛛の巣はまだ残っていた。
 悔しさよりも激しい焦燥が身を焦がす。

 明日となってしまったら、サキもティピアもユーリも生贄として捧げられてしまう。
 翼をもがれた痛みが。
 ひび割れた髪留めの記憶が、まざまざとよみがえってきた。
 冗談じゃない。
 繰り返してたまるか。十二年前と同じにさせてなるものか。もう二度と、彼女を失ったりするものか!
 大丈夫だ。まだ時間がある。
 ジョーイが言うには明日。正確には"風渡りの日"の午後が本番。
 それまでは邪悪の復活は留めておくはず。もし復活させたとしても不完全な状態となる。十二年も準備をしてきた奴等のこと。本番は万全の状態で迎えるつもりだろう。

(女神が造りたもうた世界には、それぞれに宿命があり、意味がある)

 命が生まれ、死を迎えるのも。日が昇り、落ちるのも。
 そして、季節が巡るのにも意味がある。冬がこなければ邪悪復活の条件が揃わない。つまり、生贄を捧げる意味がないということ。
 助けられる。
 絶対に間に合う。必ず、間に合わせてみせる。

 導士地区の果てにある我が家の屋根に、落ち葉が積もっていた。
 共に舞い降りた旋風が、それらを吹き飛ばして世界に撒く。居間を駆け抜け、自室に飛び込んでまとめていた荷物を鷲づかみにする。
 歩く間すらも惜しく、ほとんど放り投げるようにして居間へ出す。
 冬のローブは椅子の背もたれにかけていた。着ていたローブを寝床に捨て、急ぎ袖を通す。ボタンは後でいい。
 日が落ちて、暗さが出てきた視界を真眼で照らし、荷物を拾いに居間へと向かう。
 居間にはジュジュがいた。
 不思議な獣はサキに起きた異変にも動じず、背を伸ばしたまま自分を見つめている。
 言葉は交わさなかった。
 ジュジュは語る気がないだろう。あいつの方針は知っている。だからこそ少しだけ気持ちが落ちついた。ジュジュは動いていない。まだ、サキは無事でいる。

 白い希望を胸に仕舞ってから皮袋を肩にかけ、すぐさま家から飛び出した。
 暗い道を夢中で走る。
 きんと冷えた風が顔に刺さったと同時、深い音が響き――白が輝く。
 信じられない気持ちで輝く光を眺めた。まさかと思った瞬間、勘が離脱を叫び出す。
 帯のあちら側で中央棟が霞んでいる。こんな時にあっても"四の鐘"は、いつもと同じように響き渡っていた。
 足元の線から逃れようと精霊を呼びつけ、真円を描く。

 また一つ鐘がなった時、暗い道に白い円が刻まれ、身体が浮遊した。

Next  >>


Back  |  NovelTop  |  SiteTop
inserted by FC2 system