蒼天のかけら  第十二章  譎詐の森


剥がれた仮面


 乾いた音がして、焚き火がはぜた。
 ちらちらと散る火の粉が、精霊であればいいとそんな風に考える。
 すっかり黙りこくったイクサは、一心に焚き火を見つめていた。
 時間が要るだろう。
 いきなり邪悪だ何だと言われても、理解するのは難しい。
 急ぎたい気持ちはあれど、いまは疲れをとることに専念しよう。手足が冷え切っている。休憩も戦略の一つだ。

「議員だ」
「何?」

 唐突な発言をした相手は、荒れた光を目の奥にたたえている。
「質問に答えていなかったと思ってね。親は議員だ。オレは一人息子だったから後継者として育てられた」
 父親は忙しい人で、十を過ぎて仕事場に出入りするようになるまで姿を見なかった。だから気づいていないだろう。
 息子の気性が、議会よりも戦場に向いているということを。
 母親もそうだ。来客の応対や町人との交流。果ては浮浪者への施しまで、議員の妻としての責務に忙殺されていた。
 自分の気性を知り、せつせつと道を説いていたのは乳母だけ。
 彼女は護身のために体術を習うことは許可した。けれど、決して剣術だけは習わせようとしなかった。乳母はイクサが、剣の道に進むことを過剰に恐れていた。
「カーネル・ブランカのような騎士となれる保障があれば、その道を行くこともできたろう。でも間違って血に酔い、道から外れたら大変だと深く案じていた」
 乳母の努力の甲斐もあって、十二の頃には裏表を使いこなせるようになった。
「乳母様様だ」
「本当にね。彼女は乳母として最大限の努力をしてくれた。苦労しただろう。幼い頃はよく物置で夜を過ごしたものだ」
 彼女は愛情深く、注意深い人だった。
 手のかかる幼い主人がどのようなことを喜び、好むのか。完全に理解しようとした彼女はそれに成功した。
「議員の仕事は嫌いじゃなかったよ。親の跡を継ぐと思っていたし、楽しみにもしていた」
 真導士になったせいで、その夢は叶わなくなった。
 少しがっかりしている。
「そんなにいいものか」
「君には向かないさ。オレは向いていた。不安や不満を取り除いてやりさえすれば、富と称賛が手に入る」
 いきなり饒舌になった。
 鉄仮面が窮屈なら、早く取っておけばよかったのだ。
「富と称賛か。意外なほどありきたりな欲だな」
 性格がねじれているようだから、欲の形もひねくれていそうだ。「演劇に出てくるような議員」だと言ってやれば、表情がへそを曲げた。
「ありきたりだからいい。ありきたりとされるほど、世界中にたくさんあるという証明。欲しくなったらすぐに手に入るじゃないか」
 思わず口を噤む。
 その発想はなかった。こいつとは見えている世界が根本的に違うようだ。
 話を聞いている内にわかってきた。
 こいつは飢えた獣だ。知恵があるから滅多に正体をあらわさないだけ。
 ただ、富だ称賛だと言っているが執着が乏しい。剣術の話を出した時の方が、生き生きとしていた。
 本人も自身を理解しきっていないとみた。飢えた獣にとって称賛は小腹を満たすだけのもの。焼き菓子の代わりにつまんでいるだけ。好みと認識するよう乳母に仕込まれたのだろう。
 主食は何か。
 わからないままがいいのかもしれない。認識したら食らい尽くす。そんな気がする。
「さあ、これでいいだろう。身体もあたたまってきた。じきに出発できる。いまの内に計画を練り直そう」
 ようやく腹を割って話ができる。
 気色の悪さから解放されたことが喜ばしい。

「草原を目指す。この方針に変更はない」
 ただし、注意すべきは同期との遭遇。
 先ほどのように、誰かと合流したらまた飛ばされる。上手く草原近くに落ちればいいが、完全に運任せとなってしまう。
「奴等は男もさらった。だが、生贄にしようと思っていない。俺達は捜索をかく乱するために飛ばされた。そうとなれば"迷いの森"で、さまよわせることが目的だ」
 親鳥と見回り部隊は、この事実を知らない。
 導士全員がさらわれた。だから全員が危機に直面していると考えてしまう。
「今年の導士は約五十名。全員を保護しようとすれば、力を分散するしかなくなる」
「……狙いはそこか。オレ達はおとりとして利用されているわけだ」
 軋みが取れて、会話が容易くなる。
 イクサの理解力は高い。最初からこうであればもっとよかった。

 話し合いはとんとん拍子で進み、行動指針が明確となった。
 二人で草原に出て真術の穴を見つけ、中央棟を目指す。これに「草原に出るまでは合流回避」という方針が追加される。
 とにかく情報を届けるのが先決。
 自分達が打てる手は少ない。上層の力を得れば、娘達を奪還する道筋も見えてくる。

「里に連絡したら導士の捜索がはじまるだろう。捜すなら男達からだ。捜索範囲が絞られているし、娘を捜すためには相棒の力が必須」
 男女の番はそれなりの数だ。
 誰でもいい。手分けして捜し、誰かが相棒の気配をつかめばそこからは芋づる式となる。
「ならば、やはり印をつけながら進もうか。内容を変えればいい」
 矢印は混乱の元にもなる。伝言に変更すべきだ。
 草原に集まれ。
 この一言が伝われば、捜索がより楽になる。
「いい案だ。それで行こう」
 皮袋を探り、もう一本のナイフを取り出してイクサに渡す。
 「オレもか?」と聞いてきたから「当然だ」と釘を刺す。鉄仮面を剥いだはいいが、性根はそうそう直らない。
 そのむくれた面に腹が立つ。働かせるのはよくても働かされるのは嫌な様子だったので、ここぞとばかりに追撃をする。
「貸してやる。賃料は一日十万ベル。今回は後払いでいい」
「ちょっと待て! 金儲けに興味はないんじゃなかったか」
 ふふん、引っ掛かったな。
「誰がそのようなことを言った? 俺は"演劇を観過ぎているようだ"と言っただけ」
 儲けが出るなら願ったり叶ったり。
 金儲けに興味がないなど、言った覚えは一切ない。
「君は、思っていた以上に嫌な奴だね」
「どうとでも」
「やらないと言ったらどうする」
「いいのか? 伝言の数が今後を分ける。数が半分になればそれだけ時間を食うぞ」
「交渉になっていない。それは自分にも言えるだろう」
 ほう、なかなか手ごわい。
「確かにな。では今日は特別だ。無償で貸してやる」
 仕方ない風を装い伝えたところ「当たり前だ」と返ってくる。
 こちらが立ったのに合わせてイクサも動く。ローブにナイフを入れかけ――そこで時を止めた。
「…………君、最低だ」
 どうやら気づいたらしい。
 その苦虫を噛み潰したような顔を見て、鬱屈していたものが吹き飛んだ。賃料の交渉に気を取られたのはイクサ自身。ナイフを受け取った以上、文句は絶対に言わせない。

 さあ、しっかりと働いてもらおうか。

Next  >>


Back  |  NovelTop  |  SiteTop
inserted by FC2 system