蒼天のかけら  第十二章  譎詐の森


本当の卑怯者


精霊の舞に、歓楽の合唱。
真夜中の劇場は、いよいよ佳境を迎えた。
役者は揃った。"二つ星"に導かれめぐり合った同期が、ひとところに集っている。人形を操っていた糸は、すでに断ち切られていた。囚われの娘達は自らの足で立ち、意思をもって顔を上げている。
長く操られていた人形達はといえば、あちらこちらの地面に転がっていた。まるで、放り捨てられた玩具だ。哀れに思えど、救済している場合ではなかった。

あとはギャスパルとエドガーを残すのみ。
派手に暴れていた二人だったが、人垣に囲まれて退路を失っていた。二人の足元にはサキとディア。気絶している二人を切り札に、最後の抵抗を試みようとしている。
先に動いたのはエドガー。倒れ伏していた娘の一人をつかみ、乱暴に引き上げた。

「ディア!」
前に出たイクサを睨み据え、動くなと言って輝尚石を掲げる。
「動いたら、この娘を焼き殺します」
卑劣な脅迫に、批難が殺到した。
首元を押さえつけられたディアから、小さく呻き声が出ている。意識を戻しつつあるようだ。
「意味あんのかよ、それ」
蔑んだような口調で、クルトが問う。その横にはユーリが戻ってきていた。
「黙れ……」
ギャスパルから劫火の気配が放たれる。
攻撃の気配を見せた男と赤毛の友人の間に、白い幕がかかった。"守護の陣"は、幼馴染の番をすっぽりと包み、あたたかな光で周りを照らす。
呼応するように、天水達が次々と守護を編んでいく。編み出されたのは光の輪。互いを守り合うよう重なった加護には、一分の隙もなかった。
「君達の野望は潰えた。ディアとサキを解放し、素直に投降しろ」
鉄仮面の説得に、二人は抵抗の構えを見せる。真眼から放たれた劫火の気配が、霧のようにただよい、満ちる。

気配がすっかり染め変えられている。
相棒ともなれば"共鳴"を深く受けてしまうようだ。元の気配はどんなものか、皆目検討もつかない。しかし、近場で見れば仕掛けがよく視える。反応の鈍さが何よりの証拠。
(あの時は、騒動の最中だったから流しちまったけど。奇妙だと思う)
横目で赤毛を捜す。
出会った視線から即座に確信が伝わってくる。視線の意味は、語らずとも男達に伝達された。
「……相変わらず、気に食わねえ野郎だぜ」
「褒め言葉として受け取っておこうか」
応酬の間に、少しずつ位置をずらしていく。上手く間合いに入れそうだったのに、つい焦りが出た。
足元の枯葉が、草原の一角に乾いた音を響かせる。
「動くなと言ったはずですよ」
エドガーから制止が来た。
惜しいことを。あと半歩のところで勘付かれてしまった。奥歯を噛んで、それこそ百歩下がる心地で後退った時。腕の獄にいた人質の目が開き、局面を大きく動かした。
「このっ……!」
人質がエドガーの腕に噛み付き、拘束から逃れる。
「ディア、こっちだ!」
暴れた拍子に転がった娘は、手と膝とを土で汚して、まろぶように相棒の方へと駆け出した。同じように駆け寄ったイクサは腕を大きく広げ、飛び込んできたディアを抱える。
全員が見守る中、二つの人影が重なった。
わっと歓声が上がったと同時に、場面に相応しくない鈍い音も響いた。異変に気づいたのは二人の近くにいた娘だ。光景から逃れようと目を閉じ、甲高い悲鳴を上げる。

「イクサ――!!」
絶叫と共に、悲劇の形があらわとなった。闇に白く映えていたローブが、じわじわと染まっていく。
苦しげな声を出し、イクサが崩れ落ちた。その身体を支えにしていたディアも、合わせて地面に落ちる。向かい合う形で膝をついた番。赤はイクサの腹部からあふれている。
そして娘も同じ色に染まっていた。赤い水は得物を握っている手を伝い、病的なまでに細い手首を通って白い袖を汚している。
血を流し苦しむ男を、娘はぼんやりと眺めるばかり。
自分の目は、その瞬間をはっきりと見た。悲劇を演出した"共鳴主"の口に、笑みが浮かんだのだ。網膜に届いた笑みの歪さが、全身に嫌悪を運んでくる。
悲劇はさらに続く。娘の額が強く光り、劫火の真力が放出されてしまった。
誰もが息を飲んだ瞬間、最悪に最悪が上塗りされる。ぼんやりとしていたディアの目に、正気の光が宿る。自身を取り戻した紅玉は、すぐさま色合いを変えた。
「イクサ……?」
血に濡れ、大地に膝をついている男の額に、大粒の汗が浮いている。
娘の視線を止められる者はいなかった。
苦しげに呻く相棒を見てから、赤く濡れたローブと、傷口を押さえている右手に流れ、そのまま自身の両手に辿りつく。
「……あ」
血まみれのナイフが草原に落ちた。ディアの手から離れた凶器は、先から根元まで赤に染まっている。
ディアが両手を開く。
相棒の血がべったりとついている手を見て、色を失った唇が「そんな」とつぶやいた。

「ディ、ア……」

イクサが左手を伸ばす。相棒に向かって伸ばされた手には、赦しが乗っている。誰が罰するというのか。彼女も被害者だ。ディアこそが被害者なのだ。
青ざめた顔に、ぼろの仮面が被さった。
苦しみながらも相棒を救おうとした努力は、かえって娘を追い詰めていく。

「いや……、嘘よ、こんなの嘘よっ……!」

涙が散った。
真眼が強く明滅しはじめる。制御しきれなくなった真力が、娘の内側で渦巻き、出口を探して暴れ狂っていた。
まずいと声が上がり、守護の壁が大きくたわむ。
下がれ、離れろと警告が飛び交う。一人が森へ駆け出したのを契機に、人垣が四散した。波を逆行しようとしたヤクスが、幾人かに取り押さえられ、森に引きずられていく。
包囲網が解かれた場には、自分と悲劇の番。そして"共鳴"を受けている憐れな男と、憎むべき演出家だけが残った。




(どう考えても、奴はおかしい)
ギャスパル一派とやり合ったあの日に、奴が放った真術。サキを捕縛した真術の完成度は、驚くほど高かった。
根元への攻撃は、幻だったのかすり抜けていった。けれども、サキはつかまったまま。
絶妙な力加減で真術を構築し、さらには毒の花まで咲かせた。とても導士にできる芸当ではない。あの状況を再現しようとすれば、二つの真術を組み合わせることになる。
夏を迎える前の時期。雛が二つの真術を展開するなど、できようはずもない。
普通の雛ではない。だから、あいつが。
エドガーが本当の――



「卑怯者が!!」
怒鳴りつけた相手は、細い目に愉悦を乗せて極悪に笑った。
「おや、気づかれていましたか。……ならば、長居は無用ですね」
エドガーはそう言って、大地に伏していた彼女を引きつれ、上空へと昇っていく。一人残されたギャスパルは、空に出た"共鳴主"を無感動に見つめている。
「もたもたしている場合でしょうかね。じきに"暴発"が起こりますよ」
「貴様、相棒を見捨てていく気か!」
問いに嘲笑が返ってきた。
「相棒……? ああ、そこの火薬のことでしょうか」
暴言と共に指差されても、ギャスパルは動く気配すらない。
「貴方も残るというのなら、こちらとしては大歓迎ですが」
ギャスパルとイクサ。そして自分が"誘発"すれば、場は壊滅する。
「そうしたら全滅です。ただ、その娘とギャスパルだけなら、半分くらいは助かるかもしれません」
言っている間にも、ディアの真力はどんどん高ぶっていく。"暴発"は間近。誰の目にもそれは明らかだった。エドガーはその光景を見て、心底愉快そうに笑う。

見捨てていけばいい。
所詮はただの同期。出会って間もない赤の他人だろう。

劫火の男はサキを連れている。風の中、力なく揺られている彼女を見つめ。取り残された人形を見て、血塗れた番に目をやった。埃にまみれながらも輝きを保っている金の合間。血の気を失った白い顔に、眩い光をたたえた目が覗いている。
「ローグレスト……!」
吐き出された声は、かすれながらも強さを残している。迷いの中で煩悶しているとイクサの口が動いた。
行け――と。
音が失われた言葉は迷いを捻り潰し、汗ばんだ背中を勢いよく叩く。一拍の後、高みの見物を決め込んでいる卑怯者を目指して、一直線に飛んだ。


誰にも譲ってはやらない。
自分の翼は、自分で守る。それは半身だけに与えられた栄誉だ。

イクサにはイクサの。俺には俺の戦いがある。

Next  >>


Back  |  NovelTop  |  SiteTop
inserted by FC2 system