蒼天のかけら  第十二章  譎詐の森


郭公の雛


「――ローグ、逃げろ!!」

 エドガーから放たれた無数の蔦が、ローグを完全に包んでしまった。
 周りの声援が叫換に変わる。
 蔦でできた檻から白い光が漏れてきた。視ているだけで鳥肌が止まらなくなるような光が、逃げ場を失ったローグに襲い掛かっている。
「ローグレスト!!」
 イクサの怒号が状況の悪さを浮き彫りにした。同期を混乱に陥れた黒幕は、上空で勝利の笑みを浮かべている。
「野郎っ……」
 真眼を開きクルトが真力を放出する。男達がそれに続こうと真眼を開いていく。
「待って!」
 怒りの気配を押しのけて、場にチャドの制止が行き渡る。
 「あれ」と指差したのは、嘲り笑っている"共鳴主"の後方。突如として、夜陰の中から人影があらわれた。
「なっ――!?」
 エドガーの驚愕の上、腹に響くような重い音が被さった。一切の遠慮がされないまま、勢いづいた踵がエドガーの背中に落とされる。カルデス商人が放った渾身の一撃はローブの守護すらものともせず、舞台に幕を下ろしたのだった。



 輝尚石からサキちゃんが解放される。
 イクサの傷は癒しで完治した。
 そうは言っても失われた血は真術じゃ戻らない。まあ、ちょうどいいだろう。仮面の下から出てきた男は、ちょっと血の気が多過ぎる。
 ディアちゃんはすっかり真力を失い気絶している。軽く診察したけれど問題なさそうだ。イクサがどう説得したのか知らない。
 でも、その寝顔はとても穏やか。
 彼女を苛み続けてきた病魔が、ようやく立ち去ってくれたのだろう。
 解放されたばかりのサキちゃんにも怪我はなかった。真力が少ないのが心配と言えば心配。とはいえ、それ以外の問題はないと思う。
 ギャスパルは"共鳴"から解放された途端、ぶっ倒れた。周りにいた奴が、おそるおそる介抱している。エドガーの真力が深く入り込んでいたせいで、真力が枯渇しかけている。こちらも眠らせておいた方がよさそうだ。
 残る問題は、たった一つ。

「さあて、吐いてもらおうか。サガノトスに帰る方法を」
 クルトが棒を肩にのっけながら、縄でぐるぐる巻きになっているエドガーを脅す。
「……さあ? 僕も知りません。戻りたければローグレストが転送で運べばいいでしょう」
 手も足も出ない状態だってのに、こいつは無駄な抵抗を繰り返している。その態度にむかっ腹が立ったようで、舎弟四人がいきり立つ。ほんと、燠火の連中は気が短い。
 それにしても驚いた。
 あいつってば"転送の陣"を習得していたのか。エドガーもまさかローグが転送を使えると思ってなかったんだろう。
 飲み込みの早さは相変わらず。今度コツでも教えてもらおう。
「下らねえ誤魔化しばっかしやがって……」
 燠火に負けず短気なクルトが、肩に乗せていた棒の切っ先をエドガーの鼻面に突きつける。止めようかどうしようかと悩んでいたら、一人のお嬢さんが棒を除け、エドガーをかばうように両手を広げて膝をついた。
「どうかお止めください」
 一触即発の場に入り込んできたのは、あのリナちゃんだった。
「リナ、駄目よ!」
 彼女の行動をやめさせようと、お嬢さん方から次々と声が上がる。
「貴女、エドガーに騙されていたのよ。……それなのに何で!」
 誰よりも純心な彼女を唆し、エドガーは術具をばらまいていた。
 いい人の振りをして。自身が"共鳴"を受けている振りをして、同期を混乱に陥れたのはその男だ。
 説得の甲斐もなく、リナちゃんはゆるく首を振った。
「彼は確かに悪事を行いました。しかし、彼もきっと真術を受けて――」

「違うな」
 涙声の演説を止めたのは、ローグだった。
 再び舞台に上った黒髪の友人は、エドガーから目を逸らさず「こいつは違う」と重ねて言った。
 ローグの真眼はいまだ真力を放っている。戦闘が終わってもなお警戒を解いていない様子を見て、身体に緊張が戻ってきた。
「転送が使えて、実物が構築できて……。ただの雛にできる芸当ではない」
 思考の早さ。臨機応変さを見ても"共鳴"を受けているということもないだろう。
「真術が掛かっているかを確かめたいなら、ヤクスに頼んでみればいい。……やらなくても結果は見えているがな」
 最低一年。
 普通に考えれば二、三年。それだけの期間がなければ蔦の真術は展開できない。
「エドガーの存在は、サガノトスにおいて異質だ」
「ですが……、真導士となる前から真術を使える人はいます!」
「"珠卵"のことか。それこそおかしいさ。今年の"珠卵"はレアノアだけだ」
 もちろん意図せず真眼が開いてしまう者もいる。そういった者達はドルトランドに無数存在しているという。
「だが、真術が使える者はいない。むしろいてはいけない。真術を使えるようになるためには、手ほどきをする者が必要だ。正規の真導士なら里に申請するだろう。もしも片生や淪落だったなら、決して手ほどきをしない」
 真眼を開けば、相応の真力があることはすぐにわかる。近い将来、確実に真導士となり自分を追ってくるかもしれない相手を、誰が育てるというのか。



「ご明察。――お前は、本当に賢いねえ」
 割り入ってきた声が、緊張を残していた草原に安堵と歓声をもたらした。同期達が一斉に夜空へと手を伸ばす。
 偽物の空に、剛勇の赤が咲いている。
「おっせえよ、おっさん!」
 いつものようにクルトが暴言を吐き、大隊長が「お兄様だっての」と返してきた。横に副隊長の姿もある。探したぞって睨んできてるから、ひとまず愛想笑いを浮かべておく。
 降り立った大隊長は騒ぐ雛を眺め、それからぐるぐる巻きの男に目をやった。
「娘っこ、そこを離れな。ローグレストの言う通り、そいつはただの"珠卵"じゃねえ」
 "珠卵"は大事な同胞であり。大変、危うい存在でもある。相応の真力を有している者が真眼を開いたなら、すぐさま把握しなければ国が危険にさらされる。
「早期発見のため、国中に禁術が展開されている。ゆえに里が"珠卵"を見逃すことはあり得んのだ。……ところがここにあり得ない存在がいる。禁術をすり抜け、まんまと巣にもぐりこんでやがった」
 捕らわれている男の顔に、深い苦みが走った。エドガーに歩み寄った大隊長は、顎髭を撫でつつこう言った。
「オレも初めて見るな、"郭公"の雛は」

 ……カッコウ?
 カッコウって、あのカッコウでいいのかな。

「大隊長、それはどういう」
 意味ですかと続く予定だったのに、またも上がった金切り声のせいでぶつ切りにされた。ついさっきまでいたリナちゃんの姿が、視界から消えている。
 大慌てで周囲を探して、嫌なものを見つけた。
「貴様等、全員動くなーっ!!」
 いつの間にか復活していたセルゲイが、リナちゃんを人質に謎の抵抗をしている。
 はっきり言うと存在を忘れていた。
 いまこの時になって、いたことを思い出したくらいだ。どうやら友人達もそうだったらしく、皆が皆して警戒をしていなかった。
 片腕を人質の首に回し、必死な様子でずりずりと後退していっている。けれど、逃走を第一部隊が許すわけもなく。退路らしい退路はすっかり潰されていた。
 一人でぎゃあぎゃあと騒いでいるのを、友人達と一緒に生ぬるい気分で眺める。横目で窺ってみたら、大隊長は「何だありゃあ」って顔してセルゲイを見ていた。
「……大隊長、いかがします?」
 副隊長が嫌悪感丸出しで、上司に指示を仰いだ。
「捕まえろ。使い捨てだろうが、一味に入っていたことは事実だ」
「えー……、牢獄は満室ですが」
「えー、じゃねえ。我侭言わず、さっさと捕らえろ。……連れて帰らんとキクリが騒ぐ」
 オレ達がいるにも関わらず制裁を下したがっていた副隊長が、やる気なさそうな「はい」を出した。正師のおかげで、かの高士の命はどうにか繋がったようだ。

 そうして雛達が見守る中、第一部隊による"セルゲイさっさと捕獲作戦"がはじまった。はじまる前から予想していた通り抵抗はあっさりと無効化され、まさしく"さっさ"と完了したものだから、草原いっぱいに笑い声が広がっていった。

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