蒼天のかけら  幕間  真導士の捜索


真導士の捜索(6)


(次は、相棒と一緒においで)

 チャドは見送りの際に耳打ちをしてきた。そして、他の二人にも同じことをしていた。
 見送りに立つ彼の番達は、満面の笑みで手を振り続けている。
 次はお茶請けを用意すると力強く言ってもいた。でこぼこ気味ではあるが、相性のよさを垣間見る。あの二人なら、しっかり者が一人ついていた方がよさそうだ。
 番というのはとても便利で、とても面白い。
 まだ見送っている三人に大きく手を振り、下りてきた日差しを背負って歩く。
「ローグレストいなかった……」
「どこに行ってしまったのでしょうね。まあ、夕飯には帰ってくるかと思います」
「そうだね。ユーリも見つかったから、いなくても大丈夫」
 そもそもの話、ローグを探していたのはユーリがいなかったから。ユーリが一緒にいる以上、ローグが見つからなくとも当初の目的は果たせる。
 あちらこちらに飛び跳ねていた目的は、ようやく手元に戻ってきた。
 友人達の心配と、子ウサギ達の癒しにより、松葉杖がなくともどうにか歩けている。

 行こう。
 ちゃんと謝ろう。
 例え許されなくとも、果たすべきことだ。

「ユーリ。いまからお見舞いに行っても大丈夫ですか」
「もちろんだよー。もうすっかり元気なんだ。ヤクス君が大人しくしててって言うから家を出ないだけ」
 重症患者だった彼は暇に耐えられず、自室と居間を行ったり来たりしているらしい。
 居間に出られるなら話もできるだろう。
 自室で寝込んでいるならばユーリの同席を得ようとしていたが、状態がいいなら問題はない。

 ちなみに、ユーリの意見も自分と近いものであった。
 男一人と言っても、相手はクルトだから気にしなくてもいい、と。
 自分は、自室が駄目なら居間で会えばいいだろうと思っていた。呼んでもらうために男の同席を必要としていただけだ。
 しかし、ティピアからすればどちらも駄目なのだそう。
 男一人、娘一人は、場所がどこであれ基本的にあり得ない。男の部屋に娘が入るのも絶対に駄目。複数人だろうがいけないこと。
 そもそも真導士の里が特別だから各種の常識を曲げ、男女の同居に納得しているらしい。
 つまりユーリの同席も、クルトの部屋で会うならば意味がない。
 居間に出られないなら日を改めるか、同居人であるユーリに言伝を頼むべきだとも言っていた。
「……大人って面倒だねー」
 去年までは普通に行ったり来たりしていたのにと、ユーリがこぼす。
「大人になったら、もっと自分でやりたいようにできると思ってたのに。いままでより大変になったみたい」
 並んだ影を見る。
 確かに大きくなった影。けれども、大きくなるだけでは追いつかない。外側が伸びた分だけ、内側に隙間ができていると思えた。大人になった身体の中、小さく幼いままの心がある。
 この心は、隙間を埋めるだけ大きくなってくれるのだろうか。



 ティピアとは角で別れることになった。
 今日ばかりは、その小さな背中が大きく見える。
 彼女は自分とユーリの有様をえらく心配していた。今度、それぞれに銀縁を貸してくれるらしい。
 今度こそ本当に二人きり。
 静かになった道を歩き、空を仰ぐ。怖いのと懐かしいのが入り混じった、透明で不思議な色が広がっている。
 形が定まらないその姿は、自分にとても近いように思えた。
 風が添え髪をゆらした。色すらも持たない彼等は、どこまで走って行くつもりだろう。大地を渡りつくしたその先に、一体何が待っているのだろう。
「――ユーリ」
 世界にそっと落とした彼女の名前。躊躇っていたせいで、遠のいたように感じる人の名前。
「ごめんなさい」
 間近にある桃色の輝き。うっすらと細められ……彼女が俯いたことで姿を消した。
 白楼岩の壁を上りきった自分の眼下に、あの日のユーリが姿を見せる。

 時の流れを感じる。
 彼女が強引に流していた時間は、いま元に戻った。

 三つ編みの間から、自分を呼ぶ声がした。
「わたしね……。怖いと思ったの」
 あの日。
 震えていた声を思い出す。
「サキちゃんのこと怖いと思った。……青くて、きれいで。とても静かな力なのに"魔獣"を斃せて。だから"青の奇跡"って呼ばれるんだと思った」
 わずかに持ち上がってきた顔は、道を見ている。
 視線を辿り、同じようで違う二つの影を発見する。
 年頃の娘は姿がよく似通う。一様に添え髪を垂らしているから余計に似てしまう。手入れをして、飾り付けていても限られた場所だ。
 真導士のローブを羽織っているから、自分達の影はさらに似る。
「でも、すごく怖かった」
 瞑目した。
 いまの姿は似ていたとしても偽りだ。本当の姿は、似ても似つかない。
「わたしは人ではありません。決定的に違う……他の何かです」
 行ったり来たりを続けている心。
 せめて人らしくあろうとして、違う形を見つけて逃げ帰り。
 どこかで繋がっていないかと目を凝らして探し、違ってしまっている場所から心を逸らす。
「本来は形も違います。怖いと思うでしょう。……むしろ思わないはずがありません」
 色も形も違う。
「心すらも、人と同じ形ではないのでしょうね」
 だから平然と凶行に及ぼうとした。
 二人の絆を見つけておいて切り離そうとした。片方だけもぎ取ろうとしてしまった。
 起こったことはすべて覚えている。
 自分がしようとしたことも、洗いざらい伝えて謝罪をした。許さなくていいと加えて。
「そっか……」
 遠くを見ている瞳は寂しげに見えた。
 彼女は失ったはずだ。
 友と呼んだ相手が消え去った。寂しくも思うだろう。せめて、寂しいと思ってくれたことを心に残しておこう。

 長い間、自分たちはそうして道に立っていた。
 風の演奏に聴き入っていた耳に。どこかへ続いている道を眺めていた目に。突然、小さな花が咲く。

「あのね、サキちゃん」

 花の色は黄色だ。
 茎はとても細いはずだ。そんな景色が目に浮かんだ。
「それでもね、サキちゃんは、サキちゃんだなとも思ったの」
 花が咲く。
 次々と花開いていく黄色の幻に呆然と見入る。
「わたしが呼んだの聞こえたでしょ」
 花が壁に根を下ろす。黄色に埋め尽くされた壁は、柔らかく緩やかな傾斜に姿を変えた。
 自分の足元にはただ一面の花畑。
 小さな黄色達の奥に、大輪の黄色が花開く。花弁の中央に薄紅を見つける。恥ずかしそうに身を震わせながらも、空の女神に向かって茎を伸ばし、顔を向けた。
「"サキちゃん"って呼んで振り向いたから、確かにサキちゃんだったよ」
 違うなら振り向かないもん。
 自信満々な声が、世界に黄色を散らす。
 ここならば"魔獣"も。邪な神すらも近づけない。絶対的な彼女の場所は、言葉と共にすべてを埋め尽くそうとしている。
「だから"青の奇跡"を止めたのが、サキちゃんなんだと思うの」
 視線が絡む。
 微笑む彼女の鼻は、わずかに赤くなっていた。
「クルトを助けてくれてありがとう」

 ――ああ、女神パルシュナよ。

「わたし達を助けてくれてありがとう。……ごめんね、お礼言うのが遅くなっちゃった」

 姿すら定まらぬ身だとしても、共に生きていていいでしょうか。
 貴女の大地で、姿かたちの違う兄弟達と歩んで行ってもいいのでしょうか。

 風が吹いた。
 強く、強く。押し出すような風が頭にあたり、背中にあたり、足にあたって抜けていく。
「ユーリ」
 花畑の中心で伝えるべき言葉を見つけ、摘む。
「助けてくれて、どうもありがとう」

 ――本当にありがとう。

 弧を描いた桃色と満足そうに下がった眉尻。元気な友人は、照れ臭そうにえへへと笑う。
「サキちゃん、目が真っ赤だよ」
「ユーリも。鼻が赤くなっています」
 その瞬間、何かに気づいたように彼女が声を漏らした。
「ローグレストさん、うちにいたりして」
「……あ」
 二人でくすくすと笑い。どちらからともなく手を繋いだ。

 明るい道を一つに繋がった長い影が行く。
 夕暮れと秋をつれた風が首筋を撫でて、道の草を靡かせて飛び。高く高く、母のところまで喜び勇んで駆けていく。

Next  >>


Back  |  NovelTop  |  SiteTop
inserted by FC2 system