蒼天のかけら  幕間  真導士の宴


真導士の宴(4)


「できたー!」
 ヤクスの歓声を皮切りに、手を叩いて喜び合う。

 ようやく見栄えが整った居間。苦難の道だったが踏破できた。
 とりあえず休憩をして、それから聖都に下りようという話でまとまる。反対意見は一つも出なかった。全員が全員してくたびれているのだから当たり前だ。
 こういう時は冷たい茶の方がいいだろうと、ジェダスが支度をはじめる。
「後は、食い物と酒を持ってくれば終わりだな」
 とにかく娘達には機嫌を直してもらうべきだ。さもなければ癒しと守護の備蓄に影響してしまう。
「酒はローグレストが持ってこいよ」
「そうだね。カルデスの馬鹿力があれば楽勝だ」
 二人が言ったことを、ブラウンが否定する。
「駄目ですって。娘さん達の迎えがあるんですよ」
 上手い具合に流れそうだったのに、余計なことを……と恨みに思う。
「酒は燠火でいきましょう。里に上がってしまえば旋風が使える」
 フォルが言って役割が決定する。

 今日の集まりは、いつになく立場が弱い。
 損を一手に引き受けているようで、さすがに気分が悪い。

「隠し事をしているのは俺だけではないだろう……」
 なあ、と話を振った途端、クルトがむくれた顔を再開する。
 一人だけ立場が弱いのもあれだ。ぜひともこいつを道連れにしてやろう。
「棒術の使い手なんだってなー」
「能ある鷹は爪を隠すって奴だ。今後、乱闘が起きた時は最前線を張ってもらうか」
 むくれた顔の悪餓鬼が、口を尖らせて言い募る。
「あのなあ、何度も言ってるけど面倒な事情があんだよ。好きでやってんじゃねえっての。それに誰だって秘密の一つや二つあるもんだろ。変にほじくり返してくるんじゃねえよ」
 ぶつぶつと言っているが、気配がひどく警戒している。
 これ以上、掘り下げるなと言いたいらしい。掘り下げて欲しくないのは町についてか、それともユーリについてか。掘り下げるかどうかは、これからの態度を見て決めることにしよう。一人で損を抱え込むのは得策ではないからな。
「オレには秘密なんてないよー」
 北の山沿い出身の医者。それ以外の何者でもないとにこやかに言う。
「僕も特に……」
 病がちな母親を養っていると言っていたチャドが続く。
 こいつは西の出身だったはず。チャドの家庭環境について思い出し、そういえばと燠火の四人に目を向けた。
「お前等、どこの出身だ」

 ドルトラントは地域による落差が激しい。
 王領であるネグリア、ダールは突出して豊かだ。しかし、他の土地は領主の手腕によって極端な差がある。
 カルデスの領主はよくも悪くも無能で有名。
 領地にある町々がこぞって稼いでいるから国の中でも税収がいい。そのせいで誰がやっても勤まると言われている。
 ただし、余計な口を挟まなければ、だ。
 組合からの圧力は相当なもののはず。「稼いでやっているんだから文句はないよな」と丸太のような男共に凄まれれば、無能でいるしかないのだろう。ある意味哀れだと、見たこともない領主に同情の念を抱いている。

「僕は南西の方です。ローグレスト殿は南ですよね」
「オレも南ですよ」
 言ったのはブラウンだった。
「どこだ」
「アレイドの近くです」
 ブラウンの奴、意外と近くに住んでいた。
「早く言え。アレイド近辺なら取引先だらけだ」
 あの辺りに住んでいるなら、気づかずにすれ違っていてもおかしくなさそうだな。
「うちの故郷は東です。サキさんの故郷ほど遠くないですけどね」
 喉元にある刺青を示しながら、フォルが言う。
「山間の村なので、男は狩りに出ます。山には凶暴な獣が棲んでいるんですけど、そいつらの毛皮が高く売れる。村はそれで生計を立ててます」
 成人の証と言っていた刺青は、狩りに出る許可証代わりでもあるらしい。
 狩りに失敗したら獣の餌にされる。その獣はどうも脳が好物らしく、襲われると頭からなくなる。食い残されるのは胸元が多く、身元判別のために刺青を入れるんだとけらけら笑う。
 あっけらかんとしているフォルの隣で、ダリオが青い顔をしていた。気持ちはわからんでもない。
「エリクとダリオは?」
「オレ達は聖都の近くっす」
 それこそ歩いて帰れる距離に実家があるらしい。
 帰ろうと思えばすぐに帰れるから、あまり懐かしさを感じないと揃って言う。
「でも、ちょっと親の顔を見てきたいかなとは思います」
 しんみりとした気配を出して、ダリオが言った。
 どうも先日の再会劇がこいつの琴線に触れたようだ。
「そうっすね……。元気にやっていると手紙に書いても、あっちは勝手に心配するし」
「親ってそんなものだからねー」
 涙腺がまずくなったようで、ヤクスが明るめの声を張った。もう手布は貸さないぞと思い決めつつ、睨み据えておく。
「秘密って言われても、そうはないなあ……」
 ブラウンが呑気に言ったものだから、全員の視線がクルトに戻る。
 流しきれなかったことを恨んでいるのだろう。じっとりとした視線を飛ばしてきている。
「秘密らしい秘密を持っているのは、どうもお前だけのようだぞ」
 言ってやれば、目の下に薄く朱が走った。
 どうやら、掘り下げて欲しくないのはユーリのことらしい。人の恋路に首を突っ込んでおいて、逃れられると思っていたのだろうか。そうだとすれば考えが甘過ぎる。
「聖華祭も近い。流行りの衣装は把握してあるのか」
 苦虫を噛み潰したような顔となったクルトだったが、顔に髪色が移ってきている。
 いまのいままで平然としていたのに、踏み込まれると弱いようだ。
 脇から「放っておいてやれって言われただろ」と小言が聞こえた。しかし、言った当人ですらも半笑いしている。
 他の連中の反応は、面白味がないと思えるほど一律だった。
 誰もが「やっぱりな」という顔をして、秘密持ちを取り囲む。
 急遽、形成された納得の輪の中心で、真っ赤になったクルトがますます口を尖らせた。

「……うるせーよ」
「ダールの衣装屋は星の数ほどある。一見まともな振りをした粗悪な店も多いから、仕立てる時は気をつけろよ」
 魔獣騒動の時、サキとユーリは茶屋に入って灰泥に捕らえられた。
 人が多ければ店も多くなる。
 そうなれば自然と憲兵側の手が足りなくなる。聖華祭に向けて店の入れ替わりも活発になっているから、見定めるのも一苦労。
「いい店をいくつか紹介してやろうか」
 何だったら同行してやってもいい。
 サキの衣装だって必要だし、実家からせっつかれてもいる。下見ついでだと思えば大助かりだ。
 王都、聖都の流行は、川と道を伝って下るのが常。下流へと流れきる前までに、手紙で連絡すると約束している。いま在庫を捌かなければ、すぐに春迎祭が来てしまう。春迎祭を過ぎると流行が一変しやすい。これはこれで急ぐ必要がある。
「……こっちは大丈夫だ。お前はサキだけ構ってりゃいいだろ」
「ひどい奴だな。友として心配しているのに」
 嘆かわしいと返してやったら「よく言うぜ」と投げ返してきた。

「本当に、大丈夫なの」
 間に入ってきたチャドは、またもや眉を曇らせている。
 こいつ、なかなかの心配性だ。そういえば昔から胃が弱いとヤクスに相談していたな。
「……何がだよ」
「いや、ほら。色んな人に声をかけたりするだろう?」
 問題の娘は、顔がいい男を見かけては嬉々として話しかけにいく。運命の出会いを求めて、勝手にひらひらと飛んでいってしまう。
 ああいう行動をされて、不安にならないのかと聞きたいようだ。
 この発言でむくれがひどくなる……と思いきや。クルトは逆に平静を取り戻した。そして「そんなことか」といった表情のまま、頭をかいてこう言った。
「放っておけ。そのうち自分で辞めるからよ」
 整った居間に、疑問の気配が渦巻いた。
 赤みが消え、ただのだるそうな顔に戻った友は、どこでもない場所を見ながら続ける。
「終わりが見えている短い夢だ。目が覚めたら熱も一緒に冷める」
「それって、どういう……」
 クルトの気配がゆらぐ。
 いくら鈍くても、こいつほどの真力量ともなれば、さすがに感知できる。
「あいつは町を出たいんだよ」
 そう言って、また頭をかいた。
「他の土地の男とくっつけば町から出られる。よその町に行けば、面倒なしがらみから逃げられる」
 これに、うーんと唸り声を上げたのはヤクスだ。
「町が嫌いだからってこと?」
「いいや」
 クルトの返答に、またもや疑問の渦が出る。
 言っていることが矛盾しているから仕方ない。だが、これはクルトの中で矛盾していないらしい。
「あいつが嫌いなのは"町のしきたり"。ガルヤ自体には愛着がある。家族仲もいいし、町の連中とも上手くやってる。友達だって多いから、本音ではずっと町にいたいんだ」
 だから顔のいい男ばかりに声をかける。
 確実に振り向かないとわかっている相手が、ユーリにとって一番いい。
「上手くいかない方がいい。万が一、上手くいったら町に帰れなくなる」

 でも、"町のしきたり"は嫌いだ。
 逃れるために行動はしたい。あれこれとあがいて全身で大嫌いだと言っていたい。
 天真爛漫な娘が人知れず抱えていた矛盾は、気の毒な痛みを孕んでいる。

「真導士でもしきたりから逃れられたりしないの……」
 心配性なチャドが、よりいっそう眉根を曇らせた。これでは胃が痛くなるのも当然だろう。
「さあな……。町から真導士が出たって話は、いままで聞いたことがねえ。たぶんオレ達が最初なんだと思う。逃げられるかどうかもわかんねえよ」
 だから放っておいてもらった方がいい。
 ユーリが色々なものに区切りをつけられるまで。自身の矛盾を受け入れられるようになるまで。それか巫女の許可を得て、しがらみから解放されるまではいまのままが最善。
「どっちにしろ春になってからだ」
 春になって、故郷に帰らないことには何も進まない。
 しきたりはガルヤの巫女が取り仕切っている。真導士となったことがどう影響するのか。帰って相談してみなければ皆目わからないという。
「つーことで、オレ達のことは放っておけ。お前はサキに集中してりゃいいんだ。"青の奇跡"と"神具"の二本立てだろ。よそ見してる暇なんかないんじゃねえのか」
 ほれほれと指差しているのは、長椅子の上に用意されているもの。
「そうですよ、ローグレスト殿。早く彼女達を迎えに行ってあげてください」
「もたもたしてると、また機嫌を損ねるかもねー」
 煽りに煽られ、いやいやながら問題のものを見る。

「なあ、どうしてもやらないと駄目か……?」
 助けが差し伸べられることはなかった。作戦が失敗したことを確認して、思わず天を仰ぐ。
 巻き込み損ねた赤毛が意気揚々と出立準備を済ませ、一番に出て行った。そして「がんばってください」という雑な励ましを残し、他の連中も家を後にした。
 最後に残ったヤクスと目が合う。
「……どうしてもか」
 駄目押しの問いには、何とも力の抜けた笑いが返された。
「いいじゃないか。滅多に出番がないんだから、せいぜい生かしてこいよ」
 じゃあなーとゆるい言葉だけを残し、ヤクスも出て行く。きれいに飾られた居間で、とうとう一人になってしまった。
 置かれている問題のものに目をやって、また天を仰いで覚悟を決める。

 仕方ない。
 今日のところは損を飲んで、借りを返すことに専念しよう。

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