蒼天のかけら  第一章  静白の門


予感


 神殿の中は、闘技場を思わせる造りとなっていた。
 円形の階段が、中央にある石畳の壇をぐるりと囲んでいる。外とは違って、階段が急なように感じる。階段を下りた先にある石畳の壇に、白いローブをまとった三つの人影がある。
 神殿内が薄暗い上、顔がフードですっぽり隠れているので、どういう人達なのかはわからなかった。
 壇上に広がっている光景の異様さに、思わず目を見開く。
(これが選定?)
 長い列の先――中央の壇上には、壺が一つだけ置かれている。人が入ってしまうほど大きな壺。その外観はとても古めかしい。
 壺に向かって一人の若者が歩き出す。
 その若者に向かって、先ほどまで壺の横に控えていた人が近づいていく。白いローブで覆われたその人は、若者に銀色の水差しを手渡した。手渡された若者は壺に水を注ぎ、背後に控えていた二人が、同時に覗き込む。何事かを確認すると、向かって右側にいる人が扉を指し示した。指し示される扉はいつも正面右手側ばかりだ。
 左手にも扉はあるが、誰も彼もが右手の扉から歩み去って行った。

 もっと仰々しい儀式を想像していたのだけれど。薄暗い神殿の一角で行われているそれは、儀式と呼ぶにはあまりにも簡素なものだった。
 疑問は募るが答えを求めようがない。そういうものなのだと強引に納得して、ひたすらに待つ。
 列は少しずつ確実に縮まり。流れの速さから、夕暮れどころか昼前までに宿へ帰れそうだと、胸をなでおろした。
 寝不足のせいか、少しだけ気分も悪い。足に力が入らず、時折すっと目の前が暗くなる。人の多さと神殿の閉塞感に息が詰まる。
 もう少し、ちゃんと食べておけばよかった。食事をとる気力がなかったので、朝食は少ししか口をつけていなかった。いまさらながら深く後悔する。

 突然、壇上を中心に大きなざわめきが起こった。驚いてそちらに目を移すと、壇上の声が耳に入ってきた。
「おお、見事だ。二つ目の境を越している」
 白いローブの一人。左手の扉側にいる男が声を上げた。声からして意外と年若い人のようだ。
「よくぞ来た同胞よ、そなたを真導士の里に迎えよう。さあそちらの扉より進むがいい」
 はじめて左の扉が指し示された。
 うねるような歓声が神殿に響く。

 ――真導士だ、真導士があらわれた。

 前触れもなくやってきた奇跡の瞬間に、しばし呆けた。
(本当に、いるんだ)
 白いローブの人物は"同胞"と呼んだ。ならば彼らも真導士なのだろう。
 実在していた伝説が、サキの視界を占めている。周囲は興奮の渦にすっかり飲み込まれていた。当然だ。こんな僥倖はめったにあるものではないのだから。
 同胞と呼ばれた若者は、意気揚々と左手に進む。

 扉が開かれた。

 途端、肩がぎくりと跳ねる。
 扉の先には、黒々とした回廊がぽっかりと口を開けていた。賛辞を受けながら歩む栄光の道だというのに、とてつもなく禍々しく感じる。
 じっと回廊を見ていたら耳鳴りが返ってきた。

(いけない)
(あの道はだめだ)
(進めばきっと戻れない)
(行けばきっと、見つかってしまう――)

「顔色が悪いな」
 耳鳴りを越えて、頭に響いてきた声が自分を引き戻した。
 声の主は、あの黒髪の男だった。いつから見ていたのか、こちらの顔色を窺っている。見られてから、顔に冷や汗をかいていると自覚した。
「……よくあることなので」
「無理はしないことだ」
 それだけ言って、男はまた前に向き直った。
 心臓が恐怖で痛む。湧いて出た汗は、低い体温をさらに奪っていく。暖かい季節に入ったばかりなのに、手が震えて止まらない。
 壇上に目を向けると、扉はすでに閉まっていた。もう、中を窺うことができない。
 何だったんだろう――。
 あの悪夢以外で、耳鳴りがしたことはなかったのに。
 旅慣れない身体に疲れが出て、体調を崩しはじめているのかもしれない。
 きっと、そうに決まっている。
 これ以上、調子を崩す前に早くここから去らなければ行けない。人知れず、心で強く思い決めた。

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