蒼天のかけら  第三章  咎の果実


真導士の里の現実


 四大国には、五つの真導士の里が存在する。
 そのうちの一つ。"第三の地 サガノトス"は、ドルトラント王国の聖都ダールに存在している。
 サガノトスには稀有な力を持つ、真導士と呼ばれる者達が生活している。しかし、その詳細が外部に語られることはない。
 ある者は、神官のように粛々と修業や祭祀をしているのだと言い。またある者は、厳しい苦行に耐えて真術を磨く、険しき日々を送っていると言う。
 伝説として語られる真導士は、神話のように厳かであり、畏れと憧憬で鮮やかに着色されている。
 真導士の里の現実を知らない彼らに、この光景を見せたらなんと言うだろうか。

 サキは両手を腰に当て、長椅子に横たわっている芋虫状の塊を見た。
 毛布にくるまって、唸り声をあげつつこめかみを押さえている相棒は、こちらの気配に気づき、情けない声で水を所望してきた。
「……ローグさん、飲み過ぎです」
 芋虫状にごろごろとしているローグは、日が高くなった時刻を過ぎても、浴びるほど飲んだ昨夜の酒を撃退できずにいる。
 伝説の真導士の里の一角。歴代最高の真力を持ち、物語の英雄のように端整な顔立ちをした男は、ごくごくありふれた"二日酔い"という呪いに苦しめられていた。



 昨夜は、三日遅れの祝勝会だったのだ。
 リーガ達の一件があった次の日、涙に濡れながら起きた自分は見事に発熱をした。
 疲れが出たためだ。
 村を出ていきなり真導士になった上。サガノトスに入ってからは緊張の連続だったため、完全に休まる時がなかった。そんな状態であったのにリーガ達の一件が起き、決定打となってしまったのだろう。
 打たれ弱い心と体は、熱烈に休みを求めた。当然と言えば、当然ではある。

 涙の理由は別のところにあったのだけれど。泣きながら熱を訴え、休みたいと言い出した自分の様子を見て、ローグはひどく動揺していた。彼は自分を寝床に戻し、枕元に水などの必要な物を整えてから、慌ただしく外へと駆けていった。
 昨日の一件を思い出して泣いていると、勘違いされたことはわかっていた。ところが当の自分は高熱のあまりしゃべることすら億劫で、誤解を解かないまま寝込むこととなった。
 自分が寝込んでいる間に、真導士の里ではいろいろなことがあったらしい。

 まず、リーガは追放された。
 本人は真術を使えば大丈夫と思っていたようだが、里はそこまで甘くはなかった。
 あの日、リーガが使った紫炎の真術は"誘炎の陣"と言うものらしい。天水の真導士には関係なかったのでよく見ていなかったのだけど、初歩真術の教本に載ってはいた。
 "誘炎の陣"は、人の理性を焼き尽くし、暗示をかけて相手の行動を奪いとる。そんな真術を使っておいて言い逃れしようとしても、通用するわけがない。
 慧師にしか使えない"禁術"をもって真力を封印され。二度と真術を使うことができなくなったそうだ。真術を使えない者を、里に置いておくことはできぬと、その日の内に故郷に帰されたとローグから聞いた。
 他の四人は、謹慎処分ということだった。彼らはサキを襲ったというより、喧嘩をして相手に怪我をさせたという罪状になったようだ。ローグは不満そうであったが、自分としては妥当な処分だと納得した。
 自分の嫌悪と恐怖はリーガに集中していたので、あの男と二度と会うことはないという結果に安堵したのもある。

 彼らの処分の影響もあり。学舎はしばらくの間、休みとなっている。
 ローグとヤクスは持て余した時間を使い、かなり献身的に看病してくれた。寝ている間のことなので、おぼろげな記憶ではあるが、二人が交互に見舞ってくれていたのは覚えている。
 特にヤクスは、祖父の代から医師だということで、よく効く薬湯を煎じてくれたのだ。ちなみにあの日は、胸やけ用の薬湯を作ろうとして、薬草を探していたのだそうだ。



 献身的な看病のおかげか、二日寝込んだだけで体調はすっかり戻った。戻ったというか、前よりも元気になった気すらしている。
 快気祝いも兼ねて行った昨夜の祝勝会は、サガノトスに来てからもっとも楽しい夜となった。何かと揉め事が多く。周りとの関係作りを避けていた自分達にとって、ヤクスは里で初めての友人となったのだ。
 待ちかねたとばかりにステーキを頬張りながら、酒を飲み交わす二人の姿を見ていたら。胸に新しい感情が生まれた。人はこれを友情と呼ぶのだろう。
 ローグに対する寂しさは消えないが、心強い感情を噛みしめた。

「二人は"迷いの森"で、襲撃を受けていたわけだ……」
「ああ。ヤクスは何もなかったのか?」
「なーんも。オレの相棒が優秀でね。真導士一族のご令嬢なんで、もともと真眼が開いてて真術も使えたんだよ。かなり早い時間に森を抜けちゃったから……。怪しい奴なんか見かけもしなかった」
 話を聞いて驚いた。
 真導士の里に来る前に、真術が使える人がいるのか。
「真眼って、慧師に開いてもらわないといけないのですよね」
「いけないってわけじゃないんだって。真導士なら誰でも開けるんだとか。国家の儀式として国王の勅令で行うから、儀礼的に慧師がやっているだけ。ほんとは慧師じゃなくてもできるんだってさ。民の中から見落としがないように『選定の儀』をやってはいるけど、その前に真眼を開いちゃ駄目ってわけじゃないらしいよ」
 ヤクスの相棒は、真導士の里ではかなり名高い一族の出身。系統に関わらず、初歩真術はすべて扱えるくらい優秀だと言う。ご令嬢の大活躍で、ヤクスは"迷いの森"から一番に抜け出したと言った。
 "迷いの森"で見た最初の転送は、ヤクス達だったのだろう。

「そんな話、オレにしちゃって大丈夫か? ……もしかしたら悪人かもしれないよー」
 一番怪しくない奴が怪しいんだと、朗らかに笑う。とても悪人とは思えない、気持ちのいい笑顔だ。
「お前ではない」
「おお! ローグの信用を勝ち取ったな。オレってばなかなか出来る奴?」
「信用というわけではない」
「……ひどいな、否定するなよ」
 いじけたヤクスを見てローグが喉で笑う。ヤクスと話している時のローグは、いつも楽しそうだ。
 その事実に自分の心もあたたまる。
「あいつは正鵠の真導士ではなかったからな。お前の真円を見て確信した。……正鵠の真導士の真円は特徴的過ぎるから、見間違いようがない」
 ローグの言葉を受け、自分も肯いた。
 ヤクスが造り出した真円は、あまりに独特だったのだ。真術を展開していないのに立ち昇る光――。
 森の真導士の真円がどのような流れを作っていたか、はっきりと覚えているわけではない。ただ、正鵠の真導士ということだけはあり得ない。それが二人の出した結論だった。

「危ない場所だな、真導士の里は……」
「まったくだ。どいつもこいつも怪しくて辟易してくる」
 ヤクスは、ぐったりとするローグのグラスに酒を注ぎつつ、こちらに語りかけてくる。
「あんまり一人にならない方がいいよ。あいつらの件は解決したけど、森の真導士は長引きそうだからさ」
「はい……。ありがとう、ヤクスさん」
 答えたらすぐに、やさしい「どういたしまして」が返ってきた。会話を聞きながらローグが微笑む気配がする。
 その気配を感じて、頬におかしな熱が生まれた。

 酔ったのだろうか。
 お酒なんてはじめて飲むから、よくわからない。熱を隠そうと最初の一杯すら空かないグラスに、そっと口をつける。二人はどんどん飲み進めていくのに、自分はこの一杯も怪しい。
「サキちゃん。無理して飲まない方がいいからね。病み上がりなんだし、医者の言うことはちゃんと聞いてな」
「……はい」
「そろそろお開きにするか。じゃあ、これ全部飲んでおいてくれ」
「あ、おい! 入れ過ぎだ」
 ローグの抗議を聞かず、ヤクスはボトルを開けた。

 この時に止めておけばよかったと後悔したのは、長身の友人が帰ってからだった。

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