蒼天のかけら  第十章  晦冥の牙


帰り道


 帰ろうと声が上がった。

 茜色の空。
 もう、夕暮れだ。

 また、帰ろうと声がした。
 それを皮切りに、そうだ帰ろう。また、遊ぼうねと続いていく。

「帰るぞ」

 みんなに手を振っていたら、後ろから呼ばれた。
 二人で帰ってきなさい。お父さんとお母さんがいつも言っている。
 うんと小さい時から同じことばかり。
 もう覚えたのに。
 今日もまた、おんなじことを言っていた。

「うん」

 走り出した背中。
 帰る時は二人で競争。でも、せーのを言わなかった。

「ずるいっ」

 背中に括られた棒のはしっこが、夕日を弾いている。
 持ってみたいとお願いしたのに、まだ一度も貸してくれない。男の子はいじわるだ。

 広場から出たら、坂がある。
 坂を下ったら池があって、石の柱と壁が見えてくる。
 石の壁にはいっぱい絵が描かれていて、真ん中にある大きな絵まで競争。壁際の側溝に、さっき流した葉っぱの船が見えた。わたしの船はまだ浮いていて、みんなの船の先頭にいた。
 お祭りが近いから壁がきれいになっている。
 苔も埃もなくなって、たくさんの黄色が夕日でまぶしい。
 兵隊さんの絵を抜けて。女の人ばかりの壁を通って。文字だらけの石柱の先にあの絵が見える。

「待ってよぉ!」

 どろんこになったから、今日は怒られちゃうかな。
 お母さんとおばさんが一緒になって怒るから、ちゃんと二人で帰らなきゃ。二人だったら平気だもん。
 いまは壁のどのへんだろう? 横を見て走っていたらつまづいた。
 砂利の上で転んで、いろんな場所が痛くなる。
 起き上がって見てみたら、膝小僧からじわじわと血が出てきていた。
 血が出たとわかったら泣きたくなる。

「痛いよぉ……」

 よく見ると、手の平が砂利だらけ。
 ちっちゃい石が食い込んでいて、これもすごく痛い。

「あー、また泣いた。転んだくらいで泣くなよ」

 痛いのにひどい。
 自分が先に走り出したのにひどい。
 競争だから、せーので走らないとだめなのに。ずるした上にいじわるで、ますますひどい。
 涙がぽたぽた落ちてきた。
 手の平は砂利だらけだから、甲の方でごしごしとする。

「……ったく、しょうがねえなー」

 目の前に泥だらけの両手が出された。
 手を重ねて、膝小僧が痛くないように足を曲げて立つ。
 二人でぱたぱたと服についた砂利を落として、手を繋いだ。

「もう転ぶなよ」

 塩辛い喉でうんと言った。
 つないだ手の間に残ってた石がころころとしてて、くすぐったくて可笑しかった。

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