蒼天のかけら 幕間 真導士の捜索
真導士の捜索(2)
落ち込みながら戻った居間。
行儀悪くもぺったりと食卓に張りついている。悶々と悩み考えている内に、昨日も彼の様子が変だったことを思い出す。
そう昨日も、朝にいなかった。
でも、これには明確な理由があった。朝食を聖都で入手してきたからだ。
「ただいま」
腫れぼったいまぶたを冷やしていた自分は、彼の声を聞いてとても安心した。
「お帰りなさい。何を買ってきたのですか」
ちょっとだけ戻ってきた涙を、濡れた手布に吸わせていた。泣いていると心配させてしまう。
だから平静を装っていた。無駄な努力だったはずだ。真力の荒れようを視ればすぐにわかる。けれども彼は気づかないふりを続けてくれた。
「パンと果物。今日は特別にケーキも買ってきた」
甘い匂いの正体を楽しそうに明かす。こんな時は本当に少年のよう。
食卓に広げられたパンと果物。ケーキはおやつ用。
パンは、きっちり二人分。大食いのローグと小食気味な自分が食べれば、ちょうど終わるような量だった。
けれども……。
「こんなに食べられますか?」
籠一杯に積み上げられている果物達。
好物のリズベリーは入手できなかったようで、夏によく出まわる果物ばかり。
「無理だろうな」
しれっと言った彼は、大きな肉が挟まれているパンをほお張る。
「え……。日持ちはしますか。駄目ならジャムでも作りましょうか」
安売りをしていたのだろうか。
偵察がてらだった可能性もある。色艶のいい果実達は、とてもおいしそうで……捨ててしまうのも気が引ける。
「ジャムにしたらもったいない。一級品を買ってきたから生で食べないと。他のはそれなりに持つだろうけど、これは早めに食い切らないとまずいな」
これと差されたのは、玉葱の天辺だけ伸ばしたような赤い果実。
「ネグリアフィグは、もたもたしていたらすぐに傷む。旬が短い上に日持ちしないから、扱いに苦労する」
人事のように言うから困ってしまう。
「では、これから食べましょう」
「食べきれないだろう。二人でだったら食べきる前に腐ってしまう。だから、持って行こうかと思ってな」
ローグは笑っている。
見慣れたはずの笑顔は、緊張を生んだ。
自分の勘は、誰よりも鋭い。思惑を持って隠そうとしている事柄すら透かし視る。
隠されていないのなら、なおのこと察するのは容易かった。
「クルトの見舞い。行くだろう?」
低い声はひたすらにやさしい。自分の抱いた緊張を知りながらも、ただゆったりと包んでくれる。
喉奥が引きつって返事ができない。
いや、そもそも何を返すというのか。「はい」とも「いいえ」とも答える勇気がどうしても持てなかった。
「ユーリは床を上げたそうだ。事情なら聞いているはずだ」
手元のカップを握る。
残っていた茶に波紋が生まれた。幾度の戦いを経ても、やはり自分は弱いまま。
「サキ」
呼びかけは顔を上げろと言っている。
恐る恐る、視線を合わせて言葉を待つ。
「時間を重ねればもっと辛くなる。明日には行こう」
重ねれば重ねるほど距離が厚くなる。そうすれば一歩の距離でも高く上るか、遠回りするはめになる。
早い方がいい。より辛い道を行かせたくはない。
傷口に薬を塗るような。やさしい言葉がやってきた。立ち上がれと命じてきているのとは違う。寄り添って、立ち上がれるように支えてくれている。
わかってしまうから喉の奥が締め付けられる。
頷き、滲んできた涙をこらえていたら、後ろに回ってきたあたたかさに抱き締められた。
罪ごと大切に守られて、自分の弱さにまた泣いた。
……そうだ、今日こそ行かなくては。
彼と約束した。十分な労わりも受けた。彼のやさしさを裏切りたくなかった。
そして――。
食卓の隅。山盛りの果物の頂点にいるネグリアフィグ。熟れた果実は、傷つけようとした友人の色に似ている。
目を閉じて、開いて。
往生際悪く腕を伸ばして、足をじたばたとさせ……やっとのことで決意をものにした。
怖いと思うのは何故だろう。怖いのは自分の方なのに。
ともすれば、うつうつと塞ぎ込んでしまいたがる身体を、意志の力を使って持ち上げた。
頼りない……松葉杖よりも心もとない力は、それでもどうにか自分を食卓から引き剥がした。
「ジュジュ、お留守番をお願いできますか?」
炊事場から手提げ籠をもってきて、ネグリアフィグを入れる。
ついでにと他の果物を詰めてから部屋へと向かい、輝尚石を手にする。炎豪と旋風と黙契。
報告をしようかと思い、必要がないことを思い出す。
昨日、寝ぼけながらした会話は、どうにか記憶の端に引っ掛かってくれていた。
――放し飼いにしていると面倒ばかりを引き起こす。
頂戴した小言。それから新たな言いつけが加わったのだ。
行動はすべて管理する。家から一歩でも出れば、護衛の高士が張りつく。もちろん青銀の真導士に話が伝わるから、気をつけなくてはいけない。
――紐で駄目なら次は鎖だ。わかったな。
寒気が上がってきてふるりとなる。
大丈夫です、里の中にいます。道も大通りにします。他の場所には行きませんと、冷たく輝いている脳裏の青銀に謝り倒してから支度を終える。
家の扉を開けた。
後ろでジュジュが励ますように鳴いている。
「行ってきます」
かわいい子と不在中の相棒へ告げて、強い日差しに目を細めた。