蒼天のかけら  第三章  咎の果実


咎への階段


 落された小部屋で、娘達のすすり泣きが漏れた。
 男性陣の、どうしたらいいか……といった困惑の表情が、何ともいえない微妙な気分をよくあらわしている。
 特に女同士で相棒を組んでいる二人は、悲しみと恐怖を止めることはできないらしい。
 怖いのだろう。こんな薄暗い部屋に飛ばされて。先ほどの食堂での真術は、"迷いの森"の時よりずっと苛烈なものだった。
 自分も独りであったならきっと……。
 二人は泣きながら、不測の事態を引き起こしたディアを責めた。あふれる感情が、この理不尽な状況の犯人を探してしまうのだろうか。
「……わたしのせいじゃ、ないわ」
 蒼白な顔で俯き、ディアがつぶやく。
 ローグはこのやり取りを、無関心な表情のまま眺めていた。助ける気はないらしい。
 自分も正直、どう動いていいかわからない。きっと自分が救いの手を差し伸べても、ディアは受け取ろうとしないだろう。

「もちろんだよ、ディア」
 いまにも泣き出しそうなディアの肩に、イクサの手が掛けられる。
「……よく見つけてくれた。ここに違法術具があるのなら、それを探すのがオレ達の仕事だ。国王陛下の勅命に不備があっては、里の名誉に関わるからね」
 ディアは目元を赤らめたまま、イクサを見上げる。どうやら彼女の心は救われたようだ。
 自分の心には彼女に傷つけられた場所がある。心の底からは喜べないけれど、イクサが彼女を助けたことにようやく安堵した。
「みんな、仕事はまだ終わっていないようだ。この先の調査をしたいと思うのだが、異論がある者はいるか」
 集団をまとめるのに、これほど適した人物はそうはいないだろう。草原での出来事を繰り返すように、イクサが人心を掌握していく。
 すると、隣から低い声であいつかと、漏れてきた。ローグはようやく思い出したらしい。どうもイクサに何かを抱えているらしい黒髪の相棒は、それでも彼の言葉に反発をしなかった。
 そう、初仕事はまだ終わっていない。この先に眠る、隠された商品を確認する必要がある。それが課せられた使命だ。
 自分にもそれは十分わかっている。わかっているのだけれど……。

 階段の奥にある気配を探る。
 どうにも判然としなかった鈍色の気配。真術の壁を通ったいま、真眼の前にありありと姿を見せている。
 甲高い声――これは悲鳴だ。すすり泣きを含んだその声は、害意ではない。むしろ害意から逃れようとする抵抗の声だ。
 泥水のような気配もより明確になってきた。どうも酸味を含んだ甘い匂いがその出所のようだ。階段から滲んでくるそれに向かって行くのは、気が引けてしまう。

 ローグの袖をつんと引っ張る。
「この声、何でしょうね……」
「声?」
 彼の疑問に、驚いて顔を見上げる。
「聞こえませんか? すごくたくさんの声がします……」
「いや、まったく」
 やり取りを聞いていたジェダスが、不思議そうに聞いてくる。
「何も聞こえませんよ。ティピア、君はどう?」
 問われたティピアも、弱々しくだがきちんと首を振る。
「どうしたんだい」
 四人の会話に気づいたイクサが、こちらに向かってくる。ディアは調子を取り戻したのか、またきつい視線でこちらを見ている。
「その……サキ殿が、声が聞こえると言っていまして」
 丁寧な呼称にむずがゆさを覚えた。しかし、紫の瞳に覗き込まれ、あっという間に掻き消された。
「声……。サキには声が聞こえているのかい?」
「はい、イクサさんも聞こえませんか」
 またもや彼は首を振った。
「この中に、声が聞こえる者はいるか?」
 イクサは全員に問いかけてみたが、同意する者は一人も存在しなかった。

 そんな馬鹿な。
 こんなにもはっきりと泣いているではないか。

 動揺して隣を見上げれば、何故か目を眇めてイクサを見ている彼を発見する。どうしてしまったのかとは思う。けれど、自分の動揺の方が勝ったので、ローグの袖を再び引っ張る。
「あ、ああ。……聞こえるのはどんな声だ?」
 相棒の質問に対し、感じたありのままを全て答える。素直に答えた途端、小部屋のすすり泣きもいっそう大きくなってしまった。
 恐怖からくる否定の声も投げかけられたが、自分の言葉は嘘ではない。困ってローグを見上げれば、ちゃんとわかっているという風に肯かれた。
「サキは気配に敏いんだ。これに何度も助けられた。彼女が言っているなら、ここに何かがあるんだろう」
「それはすごいね」
 そう言って、イクサは柔らかな瞳を向けてくる。イクサの背後にいる彼の相棒と、隣に立つ自分の相棒の視線が痛い。
 この視線を気にしないとなると、イクサもかなり豪胆な人だと言える。
「やはりこの先を確かめないわけには行かないね。みんな行こう」
 イクサの号令で、導士達が階段へと進む。

 何もないとは、もはや誰も思ってはいなかった。

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