蒼天のかけら  第七章  旋廻の地


残念な茶会


 定期的に開かれるようになった、むさ苦しい茶会。

 本日の茶はカノンテプスではなく、イザイールという名であるらしい。
 由来は知らない。何せそういう知識を持ち合わせている黒髪の友人が、まだ我が家に到着していないからだ。
「ローグレストは、まだ来ないのか?」
 だるそうを通り越して、眠そうなクルトが不満の声を上げた。赤毛の友人は短気だ。幼馴染の相棒に関しては、慣れもあるのようで、そこまでの短気を見せないけど。彼女以外の事柄になるとカルデス商人並みに短気になる。
「図書館で本の虫にでもなってるんだろうねー。いつものことだから、かりかりしなさんな」
 短気の炎を消火しようと試みてみたのに、拗ねた表情だけ向けられた。
 友人達は何度言ったらわかるのか。
 野郎が拗ねてもかわいくないと言っているのに。
「では、いまの内にお二人には伝えておきましょうかね」
 人の家だというのに、甲斐甲斐しく三人分のグラスに水を注いだジェダスは、おもむろに切り出した。
「ローグを待たなくていいのか?」
 念のため確認しておく。
 いきなりやる気を見せはじめた黒髪の友人は、いままでのぐうたら振りが嘘のような働きを見せている。特に判断を要する時は「よくそこまで」と呆れるほど、誰もが見落とすような穴を見つけては塞いでいく。商人特有の目敏さなのか、生来から細かい性分なのかまでは知らないけれど。頼りになってるから、ローグがいないところで判断を下さなくなっていた。
 楽ができるなら、もちろんしたい。
 人より女神の加護を受けている分、大いに働いてくれよと勝手に思っている。
「ええ。というよりも、居ない方が話しやすいことなので」
 クルトが眠そうにしていた目を、少しだけ開いた。
「イクサ殿にね、声を掛けてみたのですよ」
 ああ……、なるほどね。
 話題に登場した人物の名を聞いて、クルトと一緒に納得をした。

 自分達の同期には、目立つ人物が何人かいる。
 中でもローグとギャスパル、そしてイクサはその筆頭。
 乱闘が頻発したあの日から、里には不安と混乱が急速に広がっている。何せギャスパル達が、同期全員に対して宣戦布告をしたようなもんだ。
 同期の中には直接声を掛けられた者もいた。人づてに聞いた話だと、配下に入るか、痛めつけられるかの二択だと迫ってきたらしい。
 本当に物騒な奴らだ。もっと穏やかに対話できないものかと、素直に呆れている。
 乱暴者の評判が鳴り響いているギャスパル達と、関わりを持ちたいと思わない者がほとんどだろう。そうかといって、自身や相棒だけでギャスパルに対抗するのも無理。自然、二人の目立つ男の元へと避難する者が多くなった。
 満員御礼とはこのことだろうね。
 自分ですら、首席殿と親しいんだろうと日に何度も声を掛けられる。
 ジェダスやクルトも、きっと似たようなもんだと予想できてしまう。

 そうやってローグかイクサのどちらかを頼ろうとした導士達は、さらに決断を迫られることになる。
 二人の目立つ男は、あまりに対極の位置に陣取っているからだ。
 ギャスパルの宣戦布告に、真っ向から受けて立つと表明したローグと。配下にも入らないけど敵対もしないという中立を表明したイクサ。
 不安と混乱を極めている者達にとっては、堪ったもんじゃない。
 ローグを選べばギャスパルと対決することになる。つまり戦いに加わるという選択になってしまう。でも、ぐうたらが解消されたローグは、何だかんだと守ってはくれる。その上、人数も拮抗している。舎弟四人組の効果がこんなところで発揮された。人生何がどう転ぶかはわからない。
 ローグの方に流れれば、確実にギャスパルと敵対する道を行くことになる。しかし、安全の度合いは高いと言えた。
 かたや、イクサを選べば自己防衛しかない。
 人望が厚く。人心をまとめるのに適した男は、敵対という選択をしない性分であるらしい。困ったことがあれば助けるよとは言ってはいるけど、積極的にギャスパル達への対策は取っていない。
 イクサを選べばギャスパル達から敵視はされない。だからと言って安全だと言い切れない。

 悩まし過ぎる選択肢。
 普通の神経なら、どちらも選びづらいはず。
 かわいそうには思う。
 でも、敵対をはじめてしまったオレ達ではどうもしてやれない。
 こちらから下手に声を掛ければ、警戒されるか、ギャスパル達に勘違いされるかだからね。
 選択できない者同士で固まっているみたいだけど。先導者不在の状況でいつまでもつのかと、心の隅っこで気にはしていた。打つ手が思いつかなかったところ、どうもジェダスがこっそりと動いていたらしい。
「イクサの奴、何だって?」
「徒党を組むのはよくないと、そう言っていました。力や数で争うことに意味などはないとね。……イクサ殿とローグレスト殿が協調すれば、状況は一気に明るくなると思ったのですが。上手くいかないものです」
 三人揃って苦笑した。
「案外、石頭だ。あいつら本当に真逆の性格なんだな」
「そうらしい。……でも、性格は真逆なのに、信条を曲げないのは一緒みたいだ」
 まったく、面倒な二人だね。
 二人が力を合わせれば、状況は確かに明るくなる。それこそ朝日が差したみたいにぱっと視界が晴れてくれるはずだ。
 でも、"力を合わせる"という状況を作る方が、ギャスパル達をやり込めるよりも遥かに難しそうな雰囲気だ。

 人望が厚いイクサは、その特性に反して集団を作ろうとはしない。これはとても意外だった。"迷いの森"の時のように、乱れた人心を掌握し、同期達を先導していくとばかり思っていたのに。
 まあ、イクサの考えはわからないでもない。
 徒党を組んで、同期同士で争おうというのだから。誰の目から見ても好ましく、平和的な行動であるとは言えやしない。
 自分達が取っている行動は、イクサの信条に真っ向から反してしまっているらしい。
「あわよくば……とは思っていましたが、無理ならば仕方ないでしょう。人の信条などそうそう代えられませんし。ローグレスト殿が、イクサ殿と同じ信条でなかったことを素直に喜ぶことにしますよ」
 ジェダスは笑って話していても、がっかりしている様子だ。
「そこだけは助かったね。ローグは徒党を組むのが嫌いかと思っていたんだけど……」
 こちらも意外なことであった。
 何事にも好き嫌いが明確な黒髪の友人は、意外なことに徒党や集団というものに嫌悪感を示さなかった。

(人が多くて損をするなら組まなくていい。人が多くて得があるなら組めばいい。どちらを選んでも損得が生まれるならば、より損が少ない方を選べばいい。一つの事柄に固執し過ぎて、損が多くなっては元も子もない。状況によって選ぶ施策は変わるのだから。都度都度、一番いい道を選べばいいだろう)

 臨機応変というか何と言うか。
 ちゃんとそういう判断ができるなら、最初からやってくれればいいのに。人づき合いが苦手な性格かと勘違いしてしまっていた。人との関わりを避けていたのは、単純にサキちゃんを守るためだけの行動だったらしい。
 まあ、守ると言えば聞こえはいいが、独占したかっただけというのが本当だろうな、あれは。

「イクサが駄目だとしても、要はギャスパル達に負けなきゃいいんだろ。いまの人数でも十分じゃないのか?」
「いまのところは。ギャスパル達が強行手段に出なければ、あちら側に寄る人数は増えないでしょうね」
 赤毛の友人が、感情のまま顔を歪めた。
「共鳴か……。どうにか防げないのか?」
「ローグレスト殿が調べている最中です。ただ、いまのところ防ぐような真術は見つかっていないみたいですよ」

 そう。自分達が最も警戒しなければならないもの。
 それはギャスパルの"共鳴"だ。

 "共鳴"は、真導士にとって矜持を奪われるに等しい行為。何せ行動と思考のすべてを乗っ取られてしまう。
 開かれている真眼に、"共鳴主"の真力と意志を注ぎ込むことにより、相手を自由自在に操る行い。要は、真導士が持っている真力の壺に、"共鳴主"の意志を飼う状態となる。寄生虫を入れられるみたいで、ぞっとする。
 一度"共鳴"したら、支配下から抜け出すことは難しい。
 共鳴主が支配を放棄するか、舎弟四人組のように共鳴主の真力が抜けるのを待つしかない。
「真力が抜けるのには、どのくらいかかるんだ」
「あの四人が言うには一月。共鳴主が真力を注ぎ直したら、最初からやり直しになるみたいだけどね」
 リーガ追放は、舎弟四人組にとっては救いの光だっただろう。
 慧師も正師達も、四人が"共鳴"を受けていると知っていたから謹慎にしたのだと、いまなら理解ができる。
「真眼を通してって、野郎同士で肌合わせるのか。……気色わりぃな」
 クルトがいやな想像を膨らませてくれた。
 冗談じゃない。
 男同士で額を合わせるなんて想像だけで鳥肌が出る。
 お嬢さんかお姉さんなら諦めもつく。でも、相手がギャスパルなんて御免だ。
「輝尚石を通してってやり方もあるみたいですよ。水晶に籠めるのが難しい場合は、真力を籠める用の術具が売られているそうです」
 気色悪さから解放される情報に、鳥肌が消えてきた。
「後は、真力が馴染んでいる者を介してという方法だけです。相棒を狙うのは、この方法を取りたいからでしょうね」
 サキちゃんとユーリちゃんが、ギャスパル達に狙われる原因はこれ。
 ローグやクルトのように真力が高い真導士は、"共鳴"させることが難しい。本人が持っている潤沢な真力が、侵入してきた真力を押し返してしまう。己の真力を保つことは真導士の本能だ。他者の真力は無意識に排除される。
 真力が高い者ほど、内部から押し返す力も強い。真力を注ぐ力が強いのと理屈は同じところにある。
 ギャスパルが、直接ローグやクルトを"共鳴"させることはできない。"共鳴"させるには、真力に一つ半以上の差がないと難しいと言われている。
 真力が高い者を"共鳴"させる唯一の方法。それは真力が馴染んだ相棒を介するというものだ。真力が馴染むと、相手の真力を排除しなくなる。というよりも進んで受け入れるようになる。
 心を許した相手の真力は、真力と気力の保持に役立つからだ。
 この働きも真導士の本能と呼べる。
「……ユーリは抵抗できるくらいの真力はある。三つ目に近い方だからな。問題はサキだ。サキじゃ抵抗の余地なんかないし、ローグレストを押さえられでもしたら、それこそ誰も抵抗できなくなっちまう」

 クルトの発言に呼ばれたのか。偶然にしてはちょうど良く、扉の外から話題の人物の声が響いてきた。
「ヤクス。俺だ、開けてくれ」
 やっと来たかと席を立ち、居間の扉を開きに向かう。
 扉を開けば、夏の眩しい日差しと共に、相変わらず見栄えだけはいいローグが居間に入ってくる。
「遅いぞ、ローグレスト」
 悪いと軽く流したローグは、食卓に置いてある水差しを手にして、グラスに水を注いで一息であおる。
 夏が苦手な黒髪の友人は、早くも暑さに辟易しているようだ。
「あれ、あいつらは?」
 ローグの後ろに人影は見えなかった。変な影響力を持ち合わせているローグは、すっかり四人に懐かれてしまっていた。
 最近は、四人揃ってギャスパルの子分達のように、ローグに張りついているはずなのに。
「家に本を持って行かせた。量が多くてな」
 どうやら使い走りをさせられているらしい。
 集まった面々を見渡し。お嬢さん方の姿がないことを確認したローグが「二人はどうした?」と聞いてきた。

 本日の茶会には、お嬢さん方が一人も来ていない。なので仕方なく、むさい茶会を開催している。
 お嬢さん方が集まらない理由は、それぞれ別にあった。
 ユーリちゃんは、家で故郷への手紙を書いている。元気いっぱいのお嬢さんには、故郷での友人も多いようで、手紙を書こうとすると一日掛かりになってしまうそうだ。
 ティピアちゃんは、聖都ダールに下りていた。髪を整えに行っている。彼女が戻ってくる時間に合わせて、ジェダスとクルトが迎えに行く予定。
 そして、サキちゃんは――。

「ローグレスト殿。……サキ殿の調子はどうなのですか?」
 心配そうなジェダスの言葉に、ローグは首を振った。

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