蒼天のかけら  第十一章  神籬の遺跡


意地悪な実習


 集合の後、引率を務めている高士から出た第一声は「遊びに来たのか」であった。
 これには面食らってしまった。
 指示らしい指示が出ていなかったのだ。何をしていいかわからない状況で、どう行動しろというのか。
 もしかしたら、そんな心のぼやきが聞こえてしまったのかもしれない。次にきたのは「指示は待たずに、取りに来い」であった。
 無茶苦茶な話だ。
 正師には、高士の指示があるまで待てと言われていた。それに導士は、許可なく高士に話しかけてはいけないのだ。絶対的な不文律と思えなくなってきているけれど、里の常識としてそうなっている。

 若干、不愉快になり。またこれかと項垂れた。
 半年ほど里にいたからか、高士嫌いの高士が存在する理由がそろそろわかってきた。
 一口に高士と言っても玉石混合。
 どれだけ背伸びをしても勝てない相手がいたり。例の……アナベルの元相棒のような人もいたり。
 はっきり言って落差が激しい。真導士となって一年経てば、全員が高士となるのだ。ある意味、当然かもしれない。
 残念なことに、今回の引率は明らかに"はずれ"。
 どうにも実習にまつわる運が無い。
 やる気がすっかり目減りしてしまったので引率の高士から意識を外し、周囲の気配を探ってみることにした。
 友人達のみならず、導士の気配はだいたい同じ傾向にある。「ああ、またか」とやる気を喪失した心の声が、あちこちからしている。
 全員が全員して"はずれ"と判断した実習。もちろん本音だらけの気配は、引率の高士にも届いただろう。
 いきなり闘志をみなぎらせた高士は、意地悪な実習を開始した。



 ローグと二人、飛ばされたのは沼の近くである。
 転送の収束を感じ、顔を見合わせてふうっと息を吐く。
「どうしましょうか……」
「ぼちぼちやろう。正直、高士達の脅しよりもギャスパル達の方がややこしい。出来るだけ早く、あいつらと合流する。課題はそれからでいい」
「はい」
 二人の方針が決まったので、真眼を開いて気配を集める。
「わたし達って、実習運がないですよね……」
 集めながら愚痴を言う。
 忘れてはいけない。あの説教臭い本の教えは、二人の間で生き続けている。
「サキもそう思ったか」
「はい。ヤクスさんのように神殿通いをするべきでしょうか」
「いいや、必要ない。ヤクスですら実習運が上がっていない。行っても行かなくても同じ実習なら、行かなくていいだろう」
 ふむ、確かに。
 嘗められていると察した引率高士は、陣営内にある林での課題を与えてきた。林の中で高士達が用意した輝尚石を拾い、広場で待つ彼らのところまで持っていくというもの。
 番で最低一つの輝尚石を拾えばいい。内容は簡単だけれどとても意地悪だ。どう考えても、すべての番に行き渡るような数を撒いていなかった。拾えなかった番には、補習という名目の試練が待ち構えているだろう。
 ……この時点でかなり気が重い。
 だが、黒髪の相棒はどうでもいいと判断を下した。
 高士の補習は気が重い。そう単純に気が重いだけだ。ギャスパル達と比べれば大した被害にはならない。彼等から受ける被害は、その何倍もややこしい。実習に参加したせいで"共鳴"させられても困る。
「レニーとヤクスさんが広場の近くにいます。輝尚石の気配があるので合流は難しそうですね」
「レアノアだな。補習どころか実習すらごめんだと怒っていそうだ。機嫌を損ねる前に帰らせた方がいいさ」
「そうですね。……近くにブラウンさんがいます。後はチャドさん達の気配も。ジェダスさん達とクルトさん達は合流しているみたいです。行くには遠いので、ブラウンさんの方向にしますか?」
「ああ。そうしよう。真眼は開いたままにしていてくれ」
「はい」
 差し出された大きな手に、自分の手を重ねた。
 行方不明病がはじまってからこっち、一緒に外出する機会が減っていたので少し胸が騒ぐ。
 数日振りに感じる手のぬくもりは大気の冷えとの差で、より熱く感じられる。知らず頬にも熱が出てしまう。でも、いけずな彼に悟られるのも悔しくてフードの影に隠しておく。
 遠くで悲鳴のようなものがしている。
 ギャスパル達だろうかと身を硬くした。合わせるように握る力が強くなる。
 しかし、彼は淡々と進む。まずは自分達の身を守る。正師にも青銀の真導士にも、しつこいほど言い聞かされていた。
 友人達との間にある約束事にも、それは盛り込まれている。
 何よりもまず自分達。
 自分と相棒の安全が確保できていて、かつ余裕があれば他者に手を貸す。
 運命の日が来るまで、足並みだけは揃えておく。いきなりは難しいとしても機会があれば練習をする。約束事を決めた会合を思い出しながら、彼の後をついていく。
 歩いていく間にも、あちらこちらから喧騒が聞こえるようになった。喧嘩をしているような男達の声もする。
 嫌な感じが増えてきたと憂鬱に考えた時、ほど近くで白が炸裂した。

 すぐさま身構えたローグは、白の向こうを睨んでいる。
 背にかばわれた格好のまま、同じ方向を視た。白が徐々に収束していっている場所は、樹木が少なくなっていた。白い幕が上がっていくにつれ人影が視えてくる。
 旋風の気配がしている。収束から遅れて風が落ち葉を運んできた。左腕で顔をかばい。風が吹き抜けていったのを確認してから瞼を上げて、彼らの存在を捉える。
 あちら側もこちらを認識して、そのまま混戦となった。
 瞬きすらする暇もなく、いくつかの真術を投げつけられる。真っ直ぐに飛んできた真術を、海の風が難なく弾き返した。
 空に抜けていった風の一部に乗って、黒髪の相棒が彼等に迫る。
 かばわれながら守護を展開し。彼の飛行を確認してから大地を駆けて、目的の場所へと向かう。
 視界で拾った色の中に、見知ったものを発見した。
 駆けていく途中、またもや旋風がやってくる。守護へ真力を注ぎ直し、できるだけ身を低くしてしゃがみ込む。
 途端、上空と林から、攻撃を押しつぶすような旋風が飛んできた。海と草原の気配がうねり、盛大に弾ける。
 攻撃を消し、互いの力によって消失した風に呼吸を奪われて咳き込んだ。間近であの二人の真術を受けるのは、なかなか厳しい。
 精霊が散っていったのを視認して、もう一度足を動かす。
 駆けていく先には輝かしいばかりの金。そして、大地に伏している葡萄色。
「イクサさん。――ディア!」

 紫の瞳から意思だけを受け取る。
 ディアが守護に包まれたのを見届けて、イクサは相対していた者達へ飛びかかっていった。
 飛んだ先に立つ六人の導士。――ギャスパルの手下達だ。
 人数的には不利な状況。それでも二人なら大丈夫と確信があった。
 守護を維持しつつ、倒れているディアの様子を窺う。
 フードを被ってうつ伏せになっているので、状態の把握に苦心する。完全に気絶してしまっている娘を、やや強引に引き起こす。
 顔についてしまっている砂を落として怪我の有無を確認した時、思わず声を出した。
 大した怪我はしていないようだ。
 頬についた擦り傷は、癒しですぐに治るだろう。ローブに赤が滲んでいる様子もない。怪我はしていないと思っていい。
 顔の砂を、できるだけ丁寧に指先で拭う。

 血色が見て取れないほど白い。

 目の下は、くすんだ影色になっている。
 心なしか頬の肉も薄くなっているように見えた。何となく気持ちがざわついて、砂を無心に払っていく。
 時折、視界が白で染まる。でも、いまは構わなくていい。彼等が全部どうにかするだろうと、気絶している娘の世話に専念した。
 顔に張りついていた小石を除き。添え髪についた木っ端を落として、ローブの汚れへと着手する。
 倒れたのか転んだのかは知らないけれど、ボタンが一つなくなっていた。
 布地を合わせて、砂がローブの中に入らないようにしておく。倒れた時に衝撃を受け取ったのだろう。右の袖に大量の砂がついていた。布地を引き、右手を手繰り寄せ、目を見開いた。
 細く、血色の薄い手首と、わずかな青紫を乗せている爪。
 くすんだ肌色の手首は、自分のそれと比較してみても細過ぎると思えた。

 荒れている場で守護を支えながら、時が過ぎ去るのを待つ。
 終わりはすぐに訪れた。
 六人の男達は不利を悟ったのだろう。後ろ足で砂をかけるかのような弱い真術を放ち、ばらばらと逃げていった。
 姿が見えなくなったところで守護を収束させ、緊張を解く。
「大丈夫か」
 ローグの問いに、ええと返す。
「ディア!」
 イクサの大声を聞き、二人して視線を流す。
 少し離れた場所から走ってくるイクサの額に、汗の粒が浮いていた。
 金の髪はうっすらと埃を被っていて、普段の輝きからはほど遠い。息せき切って駆けてきた金の彼は、そのまま大地に膝をつき、ディアの肩に手をかけた。呼びかけて反応を待ち。気絶していることを確認して感情の薄い吐息を出した。
 近くで見たイクサの顔色も、以前より暗く感じた。
 見間違いかと瞬きをし、声をかける。名を呼ばれたことで反応したイクサから、一瞬の間に放心していた様子が拭い去られた。
「すまなかったね、サキ。ローグレストにも礼を言わせてくれ」
 迷いのない口調は、よく知っているイクサのもの。
「大きな怪我はしていないようです」
 口早に伝えてから、小さく癒しを展開する。
「最近、体調が悪いみたいで……」
 案じながら言って彼女の体を受け取った。
 ディアの身体を包み、静かに抱いて立ち上がったその表情は、逆光になってしまい見えなかった。まぶしい世界の中で、小さく草原の風が漏れ出でてきただけ。
 引き止めるべく名を呼ぶ。
 しかし、焦りを遮るような笑顔を向けられてしまい、二の句が継げなくなった。
「おい、待て」
 去って行こうとする人を止めたのは、黒髪の相棒だった。
 普段だったら、何てめずらしいとでも思っただろう。
「お前、一人で行く気か」
「まあ……。実習は棄権させてもらうことにするよ。高士達とて理解してくれるだろうから」
「林を出る前に、奴等と会ったらどうする気だ」
「逃げ切るくらいなら、どうにか。君達の邪魔をしても悪いからね」
 二人の会話ははらはらするやら、もどかしいやらで。……自分の神経が参ってしまいそうだ。
 奥歯にものが挟まったような話し方は、この二人には似合わない。もやもやとしているところに、おおいと声がした。

 声がした方を見やれば、チャドが走ってきているところだった。
「二人共、無事かい?」
「チャドか。丁度良かった、手伝ってくれ」
 急病人だと言って、イクサに抱えられているディアを指差す。
「林を抜ける。ギャスパル達が近くにいる可能性があるから同行してくれ。輝尚石拾いは諦める。ついでだと思って補習も付き合え」
 イクサは驚いたようにローグを見た。
 そんなにびっくりしなくとも、と言いたいところだけれど。いままでの彼の態度を思い起こせば、あまり責められなかった。
「そうか、こっちを目指してきて正解だった。輝尚石は心配しなくていいよ。もう三つ拾ってある」
 高士達も力を入れていないのだろう。まとまって落とされていたと、チャドが言う。
「……雑なものだ」
「ほんとだね。あっちの喧嘩は、たぶん輝尚石の奪い合いだ。急病人がいるなら早めに脱出してしまおう」
 話はついた。
 ローグとイクサの姿があることで変に緊張しているチャドの相棒達に、行きましょうと声を掛けた。
 例のお調子者二人組は「女の子」「急病人」とつぶやき。最後に「頼られてる!」と感動してから快諾してくれた。その様を見て、チャドが汗をかいていたけれど、人数が増えたのはありがたい。



 急遽、でこぼこな部隊を組むことになったが、心配していたような問題も起こらず。
 自分達は揃って、無事脱出に成功した。

Next  >>


Back  |  NovelTop  |  SiteTop
inserted by FC2 system