蒼天のかけら  第十一章  神籬の遺跡


埋もれた歴史


 急ごしらえの陣営で円陣を組む。
 遺跡調査の最終確認として、解読部で練り上げられた仮説を拝聴することになった。

「古の時代には、"真穴"を造る技術があったと考えられています」
 ジョーイは、眼鏡と呼ばれるものを右手で支えながら真円を描いている。円陣の中央にある蠱惑の真円に絵が浮いていた。
 彼が記憶しているものが忠実に再現されているそうな。
「古の時代と一口に言いましても、ある程度の区切りがあります。これらを神聖時代、枯樹時代、生華時代と呼称しています」
 神聖時代と枯樹時代の間にも、黒闇こくあん時代があるという説が出ていて、説の信憑性を煮詰めている最中だという。

 部隊長が推薦してきた理由はジョーイの記憶力。
 誰よりも早く。
 そして誰よりも長く。
 情報を正しく記憶するという特徴が、派遣推薦の根拠だった。
 事実、真円内に映し出された絵は、書物から抜いてきたような正確さで描かれている。

「"真穴"を造る技術は神聖時代で完成し、枯樹時代に失われ、生華時代を迎えたことにより復活しました」
 里の東側にある"生贄の祭壇"は、生華時代に構築されたと考えられているそうだ。
「特徴としましては"真穴"の大きさと構造物の特徴です。大きさから見ても、そして構造物の年代から見ても、生華時代のものと断定してしまって問題ありません。強いて加えるならば邪悪の封印があることです。神聖時代は、他のどの時代よりも強大な真術が存在していました。邪悪は封印するのではなく、消滅せしめるのが常だったようです」
 神聖時代に培われた真術は"真穴"を造る技術と同じ経緯とたどり、枯樹時代で衰退する。
 生華時代の到来で復活をみたが、力は神聖時代のものに遠く及ばない。こういった事情から生華時代の遺跡には、邪悪が封印されていることが多いという。

 たくさんの見知らぬ知識の軍勢は、思わずたじろいでしまいそうな量だった。
 いまのところついていけているのは、真円に描かれた絵のおかげだ。
 書物から抜き出してきたかのような絵を映し、込み入った箇所はわかりやすい図式を映す。ジョーイの頭の中を覗いているような真術は、報告書より断然やさしい。

「今回の任務地である"リスティア山"ですが。"真穴"の大きさや儀式に使うという術具。さらには周囲に波及している真術の影響度。どれをとっても神聖時代の遺跡と推察されます」
 ボナツ村に入った時から、強い力を感じられていた。
 周囲の村々を守っていたという力は、紛れもなく"リスティア山"で展開されている真術だ。
「特に"真穴"の大きさですね。これほどの大きさは類を見ない……。露出していた壁画にもいくつかの特徴がありました。神聖時代に建てられた、パルシュナ神殿に相当する場所かと推察されます」
 真円にパルシュナを思わせる女人の絵が浮かんだ。
 中空に浮いている女人には後光が差してして、下方に描かれた階段に人々が並んでいる。
「王がいなかった時代ですので、最高位は虹霓神祇官こうげいじんぎかん――もっとも偉い神官という意味です。里でいうところのシュタイン慧師だと思ってください。強大な力をもった神祇官が治めていた場所。神聖時代の聖地だろう……これが解読部の見解です」

 「ご質問はありますか」との問いがきたけれど、誰もがしばしの時を必要としていた。
 大戦以前の時代については、ほとんどの民が何も知らない。
 いきなり膨大な知識を渡されても、噛みこなすので精一杯だ。

 いち早く咀嚼を終えたのはティートーンだった。
「解読部の見解はわかった。して、ジョーイ殿。遺跡に"神具"は眠っていると思われるか」
 真円に描かれた絵が消失した。
 空虚な白い円を支えながら、ジョーイは首を縦に振った。
「未調査の段階で、このようなことを申しますと部隊長に怒られるのですが……。僕はあると思っています」
「何ゆえとお聞きしよう」
 真円に再び絵が映される。
 今度は古びた絵柄とは違う。
「神聖時代……。女神の大地がもっとも豊かだったと思われる時代です。暮らす人々の知的水準、生活水準は、いまよりも遥か上をいっていました」
 映し出されたのは、まるで神殿に掛けられている神話の絵のようだった。
 幸福の大地で人々が笑い合っている。
「人々の中でも特に、神祇官や神官は使命感が強かった。後世のことを案じている碑文がよく残されています。彼らは想定していたのでしょう。力や知識が失われてしまうこともあるだろうと。神聖時代の遺跡に"神具"が残されているのは後世への遺産。もしもの時の備えといったところです」
「では、未踏の遺跡ともなれば……」
 ジョーイが力強く頷きを返す。

「必ずあります。この規模の遺跡なら複数あっても驚きません」

 全員の瞳に、希望の光が宿る。
 ジョーイとアナベルにも事情は伝えられていたようだ。二人の気配からも強い意志が滲んでいる。
「他にご質問は」
 これに応えたのはバトだった。
「どのような危険が想定される」
 大気がぴりっと辛くなる。
 苛立ちは取れたものの、気配は凍えるような冷たさだ。
「遺跡には罠がつきものだろう」
 質問を受けたジョーイは、支えていた真円を弾いた。
 ふうと息を出して、ずれた眼鏡を上げる。
「すみません。勝手ですが休憩します。……罠についてですよね。繰り返しになってしまいますが、神聖時代の遺跡は後世のための遺産。後の世で役立てることを前提にしています。まず、罠は張られていないと考えていいでしょう」
「……横槍だが。私も遺跡に罠はつきものと聞いた。パルシュナ神殿に相応した場所に、罠がないなどあり得るのか」
 雛上がりと怒っていたグレッグだったが、いつの間にか対応が格段によくなっている。
 それなりの人選だったと納得したようである。
「あり得ます。基本的に罠が張られている遺跡は生華時代のもの。生華時代は血族主義でしたし、王族も出現しました。その影響で権威や富へのこだわりが強い。盗掘を防ぐための罠や、血族だけが入れるような真術を遺跡に巡らせていることが多いのです」
 疲れの見えてきたジョーイに、アナベルが水筒を渡す。
 水を一口含んだ博士殿は顔に生気を取り戻し、先を続ける。
「神聖時代の遺跡は、侵入者に危害を加えません。ただ、何も対策されていないという意味ではない。彼らとて不心得者の存在くらい念頭に置いています。その証拠がボナツ村であり、継承者という鍵であるわけです」
 意識して背中を伸ばした。
 いくつもの流れが交わった場所に、自分は立っている。
 流されるものかと真眼に力を入れる。
「神聖時代の真術がすごいのはこういった部分です。規模もそうですけどね。"リスティア山"一帯に波及している真術は、外部からでは認識できません。村に入らないと感知できないのです」
 さり気なさが力の証明だと熱を入れて語る。
「だからこそ大戦中も無事だったんです。村に入らないとわからない。その上、村から出れば忘れてしまう。"忘却の陣"に近い作用が見られます。ローブの守護がなければ真導士でも危うい。アーレスが山の記憶を残していたのは、彼が正鵠だったからでしょう」
 アーレスことリグ様は、大地で最初に生まれた正鵠の真導士。
 彼だけが"リスティア山"を覚えていられた。
 そして、力の意味を正しく視たのだ。
「わたしも、すっかり忘れていました。山火事があったのに、思い出すのは村の情景ばかりで……」
 お山のことは、ほとんど思い出さなかった。
 村の事実を伝える時だけふっと返ってきて、話が終わればすぐに消えた。
 飽きるほど見てきた大きな山なのに、印象がとても薄かった。山火事のあった日も燃える村の記憶が強く、どこから火が上がったかも知らない。避難した後、どこそこの辺りと聞いただけ。

 ふいに熱い波がやってきた。
 身体を包む気配に、矮小な真力を絡めて応答する。

(ありがとう、大丈夫)

 伝えにいった真力と一緒に、波が引いて戻る。ぬくもりが遠のいてしまう。惜しい気もしたけれど我慢が必要だ。
 寂しさを堪えながら、波が身体から離れていくのを感じる。しかし離れきる直前、真力が急激な動きをした。
 気になって振り向いたら、相棒が顎に手をおいた格好で固まっていた。
「……ローグ?」
 名を呼べば、はっとなって自分を見る。
 いつも気高い強さを出している黒の瞳に、動揺が染みていた。
「いや……。何でもない」
 嘘だと直感し、問い詰めようとしたところに笑い声が割り入ってきた。
「はっはーん、なるほどねえ。お前らそういうことか」
 からかってやるぞと顔に出している大隊長殿。
 その笑みはどこかキクリ正師にも通じていて、頬がひくりと引きつった。
「大隊長、任務中ですよ」
「いいじゃねえか、ずっと根を詰めていたら肩が凝る。多少の息抜きは必要だ。……なあ、兄ちゃん?」
 にやにや顔は見回り部隊全員に共通しているようだ。
 むしろティートーンが大本だろうか。真力も高いし、周囲が無意識の"共鳴"を起こしていても当然と思えた。
 迷惑な、と心に浮かべて口を閉じる。
 下手なことを言ったら揚げ足を取られそうだ。いまは黙っているに限る。
「はい、そうですね」
 きっちりと行儀のいい返答をしたローグは、美麗な笑みを浮かべた。
 輝かんばかりの美しさだが、腹の黒さが丸ごと見えている。
「んー、さすが商売人だ。ちっとも堪えんか」
「どこに堪える要因が? 彼女との仲は隠していません」
 気分が削がれたのだろう。大隊長殿は、ちぇっと舌を打って立ち上がった。
「もっと初々しい反応すりゃ楽しいのに……。しょうがねえ。気分変えて任務に向かうとするか」
「真面目にやってください。重大任務なのですよ」
「わーってるよ。よし……総員、起立!」
 唐突な号令に、大慌てで立ち上がる。
 一つ上の先輩番もこれには慌てた様子で、水筒から水を零してしまっていた。
「これより任務地"リスティア山"へ向かう。当該任務は絶対の遂行を求められている。力の限りを尽くせ」
 大隊長殿の横で、副隊長殿が指令書を取り出して読み上げた。

「任務識別番号、○三○二七八五号。現刻をもって発令する。――どうか我らに、神鳥の加護があらんことを」

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