蒼天のかけら  第十二章  譎詐の森


翻然


 急ごう。あと二頁だけだ。
 そろそろ"一の鐘"が鳴る。全員集まっての修行は今日で最後。だからローグレストからの依頼を完成させないと。
 正直、作業はとても苦痛だった。
 里に上がったばかりの頃は嫌なことだらけで、日記を読み返すのも辛かった。

(チャド、頼めるか)

 続けられた理由の半分は意地。もう半分は贖罪の気持ち。親しくなればなるほど二人に申し訳なくて、かえって力が湧いた。
 日記から抜粋して新しい手帳に書きつける。そして記憶を辿り、つけ加えるべきことを探す。
 作業しながら意外と覚えているものだと驚いた。
 驚きながら森で出会い、ほんの短い期間だけ一緒に暮らした男――リーガの記憶を掘り起こす。
 リーガはどこで"共鳴"の知識を得たんだろう。思い返せばあいつはほとんど家にいなかった。四人と面識を得たのはサロンだと聞いた覚えがある。サロンが閉まった後、五人でなだれ込んできて家で酒盛りをしていた。
 あれは里に上がってすぐ。
 母に真導士となったことを告げ、帰省から戻ったその夜のことだった。一緒に飲もうと誘われたのを疲れているからと断り、騒ぐ五人を残して寝床に沈んだ。
 次の日、挨拶だけはしようと居間に行った時点で、彼らの雰囲気が変わっていた。
 そして四人が帰ってからずっと、リーガは機嫌よさそうにしていた。さすがに気になってどうしたと聞いたように思う。
 あの時、リーガはどう答えただろう。
 日記には記載がなかった。
 確か。そう確か……。

(いい物をもらった)

 リーガが手にしていた物は筒だった。万華鏡を覗き込むようにして何度も何度も確かめていた。
 あれは、何だ?
 四人に聞けばわかるだろうか。"共鳴"を受けている間は、記憶が曖昧になると言っていた。ああ、ブラウンはほとんど記憶がないって言ってたかな? 真力の高低差によって影響が違うみたいだって……。
 あっと声が出た。
 そうだ、何でこんなこと気づかなかったんだろう。
 書きかけの手帳をつかみ大急ぎで家を出る。
 向かうのはダリオの家。四人の中で一番真力が高い。――リーガよりも真力が高い、友人の家。






 道の途中でヤクスと合流した。
 診察用の鞄を手にしているから、きっとイクサの家に寄ってきたのだろう。後で見てもらいたいものがあると言われたのでもちろんと頷き、ローグと三人で連なり歩いて集合場所へと辿りつく。
 集合場所となっている大木の下では、友人達が小さな円陣を作っていた。
「おはようございます」
 呼びかけたらユーリが「しっ」と言って、指を唇に当てた。どうしたんだろうと首を傾げ、集中しているクルトを見た。赤毛の友人の横には、本日の送迎役である副隊長殿の姿がある。
 副隊長殿も真剣な眼差しで成り行きを見守っている。
 そうこうしているとクルトが真円を描いた。描かれた真円は、左右に旋回しつつ真術の気配をかもし出す。
 あらわれたのは一匹の魔獣。
 ダールの地下通路で召喚した模倣の獣――"幻視の陣"。
 改めて見るとすごい完成度だ。よく比べてみないと差がわからないだろう。

「行け!」

 発声と共に、獣が駆けていく。
 野犬の姿をした獣は一心不乱に駆け、すでに待機していた幻視の馬に飛び掛る。いななきが上がり馬がどうと倒れ、あっという間に光となって四散した。
「上手いことを考えたな」
 副隊長殿が意味のわからない褒め方をした。
 解説を求めて右隣を見上げたら、同じように首を傾げている相棒がいた。
「しょうがねえさ。いまだとここが限界だ」
 対するクルトはぶっきらぼうに謙遜しながらも、やや得意そうだった。
「どのような仕組みですか? 導士に実物の再現はできないのでは」
 いまの時期なら、せいぜい手の平に乗る程度の物しか作れないはずだ。同じ蠱惑として黙っておけなかったのか、興味津々になってジェダスが聞く。
「おうよ。全部は無理だから牙だけ構築してあるんだ」
 赤毛の友人は「これくらいの」と言って牙の大きさを指先で示した。一同から「おおー」とどよめきが上がる。攻撃で使うところだけ構築し、あとははったりも兼ねて姿を再現しているのだとか。
「そういう使い方もありだな」
 ローグも感心したようで、右手で顎をさすりながら何事かを考えはじめた。どうも悪徳商人の悪知恵が一つ増えてしまったようだ。
「キクリの手ほどきか」
 副隊長殿は正師と呼ぶのに抵抗があるらしい。
 第一部隊では基本的に全員が名前で呼び合っており、年齢差の考慮はされていない。キクリ正師も「内々なら」と甘いことを言っているから、改善の見込みは皆無だ。
 この事実、ナナバ正師とムイ正師に知られなければいいけれど。
「いいや。思いついたからやってみただけ」
「クルト、すごいね」
 ティピアの言葉に照れたのか、赤毛の友人が指で鼻の下をこすっている。
 反発したのは彼の幼馴染だ。
「……ティピアちゃん、駄目。クルトってばすぐに調子乗るんだから」
「うっせーな、文句あんのかよ」
「あるよ。この方法、昔のいたずらで使ってたもん!」
 子供の頃、近所の犬に牙をつけて狼に仕立てあげ、対立していた餓鬼大将にけしかけたことがあるという。
「……とんでもない悪餓鬼だな」
 副隊長殿の表情が感心から呆れに変わる。
 毎日、大隊長殿の捕獲……もとい、迎えにきていたせいで、この人もすっかり馴染みとなってしまった。手ほどきはできないと言いながらも、助言ならばとつき合ってくれている。第一部隊の人はかなり融通がきくのでありがたい。
「まあ、方向は合っている。真術は思いつきも大事。大概の真術は研究途中だ」
「そうなのですか?」
「ああ。大戦以前の真術は、ほぼ抹消されている。一から研究しなおしているようなものだからな」

 真術に限らず、真力や精霊についても解明しきれていない謎が多い。
 時に通説がひっくり返ることもあるという。

 グレッグの解説を拝聴していると、おおいと呼ぶ声が聞こえてきた。チャドとダリオが、顔を真っ赤にしながら林道を走ってくる。
「急がなくてもいい。まだ鐘は鳴っていない」
「ローグレスト、違うんだ。……思い出したことがある」
 息を弾ませながら言ったチャドが、ローグに手帳を差し出す。呼吸の合間に「リーガが……」と出てきたからどきりとしてしまった。
「リーガが奇妙な物を持っていた。念のため高士地区の倉庫にも行ってみたけど、同じような物が見当たらなかった」
 手帳を開き、筒状の絵柄を指し示す。
「考えてみればおかしいんだ。……リーガの真力は三つ目。ダリオは三つ半。普通ならダリオが"共鳴"を受けることなんかないはずだろう?」
 ローグの目が大きく開く。
 彼は手帳を受け取り、絵柄と記載されている内容を確かめ出した。
 チャドの話は真眼を大いに騒がせる。じっとしていられなくなって、副隊長殿に救援を求めた。
「……グレッグ高士、そんなことあるのですか?」

 聞かれた副隊長殿は、集まった視線にも動じずに「ほら、ひっくり返った」とだけつぶやいた。

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